無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 二子多摩川駅02   

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このホームから眺める多摩川の景色は素晴らしいですね!
二子多摩川駅/東急田園都市線・大井町線


二子の渡し
古来よりこの地を通っていた大山街道は、近年まで渡し船「二子の渡し」(ふたごのわたし)が結んでいた。この渡し船は、人を渡す船はもちろん馬や荷車を渡す大型の船も用意されていた。江戸時代中期から橋ができる1925年(大正14年)まで、二子村と瀬田村(現在の世田谷区瀬田)が村の仕事として行っていた。架橋が幕府によって制限されていた多摩川には各所に渡し船があったが、かつては農民の江戸との交流に多く利用されていた。農民は多摩川沿いや多摩丘陵で穫れた野菜や炭などの物産を江戸(現在の東京都心部)へ運び、その折に契約している地域や家を訪ねて下肥を集め運んで帰ったという。これにより、当時は世界で最も人口密度が高いながらも最も美しい都市とも言われた江戸の循環型社会の一翼を担っていた。一方、かつて暴れ川とも呼ばれた多摩川の水かさによっては人々は両岸で何日も足止めされる場合も少なくなかったという。そのため、渡し場の周りには茶屋や食事処、宿屋などが集まり、二子・溝口宿は街道沿いの宿場町として発展した。「二子新地」はこの当時の賑わいを今に残す名といえよう。多摩川はその流路を度々変えたため二子の渡しもその場所が度々変わったと言われる。かつては二子神社・兵庫島付近に渡し場があったとも言われているが、明治以降は現在二子橋が架けられている場所よりも少し下流(野川合流点付近)の瀬田地先が渡し場跡であった。(Wikipedia)


by Twalking | 2014-05-14 11:52 | ○station

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