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玉川上水リバーサイド03(下流部-1)
明大前~四谷大木戸

玉川上水下流域(下流部浅間橋から水道局新宿営業所付近まで)
京王線代田橋駅付近から笹塚駅付近にかけては、一部区間(3ヶ所)が暗渠化を免れて遺っており流れはほとんどないものの水を湛えていて、鯉や亀などの姿が見られる。これは付近の地層から湧出した地下水が流下しているもので上流の高度処理水よりも水質がよい。幡ヶ谷駅・初台駅間にある本町一丁目交差点地点から文化女子大学東方・西新宿二丁目交差点地点までは、1936年(昭和11年)以来京王線の敷地として利用されている。当初は玉川上水に並行して電車が走っていたが、その後上水は暗渠化されて路線用地に転用された。現在は路線も地下化され地上部は遊歩道などに再転用されている。新宿駅近辺より東では玉川上水の面影は再び途絶えるように見えるが流路は地下に保全されている。1986年(昭和61年)の清流復活事業に際し行われた東京都の通水試験では終点の四谷大木戸まで通水可能であった。終点に近い新宿御苑付近では旧上水は御苑北縁の道路下に埋設されていて大雨時などの下水越流時には千駄ヶ谷幹線(穏田川)へ連なる排水路として利用されている。玉川上水の終点である旧四谷大木戸地点には東京都水道局新宿営業所があり、傍らに「水道碑記」(すいどうのいしぶみのき)が建てられている。 往時、ここに水番所があり、ここから先は埋設された石樋・木樋を通して江戸市中各地へと配水していた。(Wikipedia)



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代田橋駅付近

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井之頭街道碑                 開渠部入口/甲州街道             


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笹塚駅付近

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環七アンダーパス/大原               笹塚駅手前


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初台駅付近

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幡ヶ谷付近                      幡代小付近


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内藤新宿分水散歩道/新宿御苑


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資料ファイル

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ゆずりは橋
この橋は管理上の名称は玉川上水1号橋といいますが、橋を新しくするきっかけに地域の人々に「ゆずりは橋」という名称を付けてもらいました。以前橋の幅が狭かったのでみんなゆずり合って渡っていました。そのやさしさと代々子どもたちにこの橋をゆずる、という意味が「ゆずりは橋」の名に込められています。ゆずりは橋と平行に玉川上水をまたいでいるのは、代田橋駅前の和田堀給水所から引かれている水道管です。玉川入水は江戸時代の水道でしたから、このゆずりは橋は新旧ふたつの水道が交差する場と言えるでしょう。
玉川上水
世田谷区内でも分水が流れていました。北沢用水(北沢川)と烏山用水(烏山川)ができ、流域の村々に農業用水として使われていました。品川領の水田灌漑のために玉川上水から品川用水も区内を流れていました。区内では代田橋駅からゆずりは橋までが昔ながらの水路となっており、他は緑道となっています。(案内板)


d0183387_17154833.jpg玉川上水・内藤新宿散歩道
水散歩道の延長は約540mあり「旧新宿門」「大銀杏」「大木戸」から成り、水源には国道20号新宿御苑トンネル内の共同溝に湧出した地下水を利用しています。水路底には粘土を使用し自然な流水を再現しました。また、既存の樹木を生かしながら林床には武蔵野の雑木林で生育する草木類を中心に栽植しています。新宿御苑の雄大な自然と四季折々の変化とあわせて散策をお楽しみください。(新宿区)



d0183387_17333172.jpg史跡玉川上水水番所跡
玉川上水は多摩川の羽村堰で取水し、四谷大木戸までは開渠で、四谷大木戸から江戸市中へは石樋・木樋といった水道管を地下に埋設して通しました。水番所には水番1名が置かれ、水門を調節して水量を管理したほか、ごみの除去を行い水質を保持しました。(新宿区)



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四谷大木戸碑
四谷大木戸碑は昭和34年11月、地下鉄丸ノ内線の工事で出土した玉川上水の石樋を利用して造られて記念碑です。実際の大木戸の位置はこれより80m東の四谷四丁目交差点の所で、東京都の指定旧跡に指定されています。(新宿区)






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四谷大木戸/江戸名所図絵
元和2年(1616)江戸幕府により四谷の地に、甲州街道における江戸への出入り口として大木戸が設けられた。地面には石畳を敷き、木戸の両側には石垣を設けていた。初めは夜になると木戸を閉めていたが、寛政4年(1792)以降は木戸が撤去されている(木戸がなくなった後も四谷大木戸の名は変わらなかった)。文政12年(1829)成立の「江戸名所図会」には木戸撤去後の人馬や籠などの行き交う様子が描かれている。大木戸近くには承応2年(1653)に完成した玉川上水の四谷水番所が設けられ、ここから江戸市中へ配水していた。また、元禄12年(1699)には大木戸の西に甲州街道最初の宿場となる内藤新宿が開設されている。明治維新後、石畳や石垣は交通の障害となったため明治9年(1876)に撤去されてしまい現在では何も残っていない。(Wikipedia)

新宿御苑
もともと江戸時代に信濃高遠藩内藤家の下屋敷のあった敷地である。1879年(明治12年)に新宿植物御苑が開設され、宮内省(現在の宮内庁)の管理するところとなったが、第二次世界大戦後は一般に公開され、現在は環境省管轄の国民公園として親しまれている。例年4月上旬には内閣総理大臣主催の「桜を見る会」、11月上旬には環境大臣主催の「菊を観る会」が開催される。大正天皇・昭和天皇の大喪の礼が執り行われた場所でもある。(Wikipedia)

by Twalking | 2014-06-05 16:37 | リバーサイドウオーク(新規)

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