無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 大栗川(1) 大塚   

日時 2016.8.26(金)
天気 晴れ


蓮流からとも思いましたが、流域は結構広いですし、
源流部は古道の宝庫、見所もたくさんありますので、
とりあえず近場から「両開き」で歩く事にしました。

大栗川を軸にして、左右の丘陵や谷戸、支流など
も含めて、今回は大塚周辺を訪ねました。
帝京、明星、中央大学のキャンパス風景もいいんですが、
別の機会に譲ります。



・・・大栗川右岸

大塚
八王子市の南東端に位置する。南部にあった地域が鹿島と松が谷(大塚公園)となったため現在は多摩ニュータウンの域外に位置している。由木村大字大塚が合併後そのまま八王子市大塚となった。地域内に古墳(大塚日向古墳)があることから古くから呼ばれていた。Wikipedia

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丘の風景① 右が傘平緑地、左が鹿島、モノレールに沿って北へ下ります/多摩モノ通り

小字-東谷戸(ひがしやと)
大塚の小字。現在のモノレールが通る大きな谷を言う。地形が大きく変わってしまったがかつては見事な棚田が連なっていたのだという。(「谷戸めぐり」さんの解説より)

d0183387_22333185.jpg傘平緑地
小字-傘平(かさひら)
塚の地名、通称。傘平緑地のあるあたりか。傘は「上(かさ)」に通じるなら、上の平地の意味だし、あるいは傘を開いたような地形の意味かもしれない。(「谷戸めぐり」さんの解説より)


d0183387_22334867.jpg大塚神明社のイチョウ
大塚神明社の大イチョウは神木として地元の人々から大切に保存されてきました。幹の周囲は7m、高さ約30m、樹齢およそ500年といわれる大木です。四方に枝を張り乳と呼ばれる気根が多数垂れ下がり、古木の風格を示しています。秋に黄金色の葉を落とす様はすばらしいものです。神明社に残されている最も古い記録は寛文3年(1663)のもので、それ以前から神社はまつられていたものと思われます。なお、神明社は多摩ニュータウン建設にともない近くの八幡神社境内に移されています。(八王子市教育委員会)


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芳心院                大塚日陰地蔵堂


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大栗川の風景① 下流宮田橋方向、左手に帝京大学校舎が見えます/堰場橋


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大塚帝京大学駅            野猿街道堰場交差点

小字-堰場(せきば)
大塚の旧小名、小字。東中野村の天野谷戸の下流大塚よりの地で街道が集まる地点。大栗川から堰上げする堰があったことによる地名。(「谷戸めぐり」さんの解説より) 


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雑木林に緑道がつき、区画整理の記念碑が建ってます/大塚宮田公園(右岸)


d0183387_22540961.jpg竣工記念碑
鎮守八幡の社地が大きな塚であったことに由来するこの大塚地域は、その中心を大栗川が蛇行しながら流下していた。昭和38年新住宅市街地開発法の制定により、多摩ニュータウンの建設が計画され、この大塚も大きく変貌するきっかけとなった。蛇行していた大栗川は改修され、野馬掛・樋田・宮田・五反袋・下田などと呼びならし、往古から親しく耕作し生活の糧を得ていた水田や畑もその耕作の継続を見直さざるを得なくなった。この様な状況の中で東は多摩市、南は大栗川に沿った東西約0.9km、南北約0.3km、面積約18.6haの区域を開発整備し、生活基盤の安定を図ろうと地元権利者73名によって昭和48816日東京都知事から土地区画整理事業の認可を受け、八王子市における戦後初の組合施行によるところの区画整理に着手した。以来7年と20億円余の事業費を投入し、東京都並びに八王子市の指導のもとに多くの困難と関係者の努力によって乗り越え、ここに完成をみたとともにこの大塚が平和で住み良い町として発展することを願って記念碑を建立する。昭和557月(大塚土地区画整理組合)


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大栗川の風景② 上流の堰場橋方向の景観/宮田橋



・・・大栗川左岸

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大栗川の風景③ 上流の宮田橋方向、左岸から塩釜谷戸川が合流します/望地橋


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大塚八幡神社鳥居
/大塚(左岸)

d0183387_23031132.jpg大塚八幡神社 
祭神:応神天皇  境内社:神明神社 秋葉神社
創立不詳であるが、明和元年(1764)現在地に祀られたと伝えられる。御社殿の中に刀身だけの劔が納められている。大塚はいわゆる塚で、これは古墳の塚であると伝えられている。塚の規模はきわめて大きく、その塚の上に社殿が祀られている。この辺の地域を総合的に大塚という部落の固有名詞になっている。(東京都神社名鑑)

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参道                 神明神社


d0183387_23061696.jpg濱田郷左衛門顕彰の碑

慶長1211月濱田郷左衛門は大塚の鎮守神として大塚八幡神社を建立し、京都岩清水八幡宮神霊を鎮座し奉った。また住民の先駆となって敬神高祖の心を養い、力を併せ原野開拓、治山治水に尽痒し大塚今日の発展に大きく貢献した。茲に濱田郷左衛門の大きな足跡を偲びその功績を後世に伝えるためこの碑を建立する。(石碑)





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最照寺山門

d0183387_23162116.jpg最照寺/大塚(左岸)
真言宗智山派寺院の最照寺は、八幡山無量寿院と号します。この寺は天正2年(1574)ごろまでは本山修験正浄院と号し、同村八幡社(大塚八幡神社)の別当寺であったが、その後現寺名を称した。八幡山無量寿院と号し、寛永7年(163010月中興した。中興開山は永秀(寂年末詳)、中興開基は井上主馬である。(八王子市史)


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旧道風景① 野猿街道旧道

野猿街道

かつては「小野路道」「由木街道」と呼ばれ、現在のルートとは異なり八王子から由木村を経て小野路村方面へと続いていた。昭和初期に大規模な新道敷設工事が行われ現在のルートとなる。Wikipedia


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道祖神                こんなお宅だったんでしょうか



・・・竜ヶ峰通り

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旧道風景② 旧道を左折し、七生丘陵を越えて高幡方面(日野)へ向う道です

小字-
塩釜谷戸(しおがまやと)
大塚の旧小名、小字。現在のバス停帝京大学入口から北西に入る谷の最上流部を特に言った。かつてこの地では羽釜で水を湧かし塩をとっていたことからこの地名が付いたのだという。羽釜は現在も残っており清鏡寺に置かれているという。(「谷戸めぐり」さんの解説より)


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祠と
馬場跡/清鏡寺手前
ここより間口3間、奥行90間の鉄砲馬場あり。江戸時代より昭和18年頃まで近郊農家の農耕馬競技用として使用された。このたびの道路改修によりここに石碑として残す。昭和637月(碑文)


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清鏡寺山門


d0183387_11541372.jpg清鏡寺と御手観世音
清鏡寺(せいきょうじ)は、東京都八王子市大塚にある曹洞宗の寺院である。山号は塩釜山と称し、本尊は釈迦牟尼仏である。もとは天台宗の寺院であったが、文禄元年(1592年)下柚木の永林寺第四世妙庵長銀大和尚により曹洞宗に転宗した。開基は小田肥後守源太左衛門である。江戸期には「御手の観音」として知られる観音堂の別当であった。観音堂は元亀年間(157073年)に再建、その後火災に遭い、現在の建物は明治14年に再建されたものである。観音堂本尊は千手観世音菩薩で、他に東京都指定文化財の十一面観世音菩薩が安置されている。(しもゆぎだより-No71より)

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手観世音

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山門観音堂              石仏群

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丘の風景② 谷戸の上です、右が七生丘陵、左が八幡山でしょうか/御手観世音

竜ヶ峰(りゅうがみね)
大塚の地名、山名。塩釜谷戸の北東の尾根に見られる。隣接の多摩市にも同名の記載があり、このあたり一帯を指すのだろう。竜の付く地名は切り立った崖でかつ地滑りの起こりやすい場所に付けられる危険地名だとの説がある。(「谷戸めぐり」さんの解説より)




・・・塩釜谷戸川(塩釜谷戸

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丘の風景③ 帝京大キャンパスの下の谷間を流れます/大塚八幡山公園

八幡山(はちまんやま)
大塚の地名、山名。ここも塩釜谷戸西側の尾根にある。八幡社があったのだろう。



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この右奥あたりが水源         竜ヶ峰通り沿いに南へ


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住宅地の中を流れます         合流地  



・・・中央大学・明星大学駅

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丘の風景④ 左が八幡山、右が向山緑地、前方は愛宕&松が谷の丘です 

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中央大学明星大学駅          中大隧道

中央大学隧道
昭和53年建造 延長259m 幅員7.6m 有効高3.4m)
正門から東門にかけての道路およびトンネルは中央大学の所有地であったが、1999年に八王子市に移管され、市道となった。なお、中央大学隧道は3.3mの高さ制限がある。Wikipedia

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多摩モノ通りを南に下だります/駅前信号


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大塚周辺マップ
(赤:歩行ルート 橙:野猿街道 緑:緑道 青:大栗川&支流 橙角:松が谷・大塚帝京大学駅)


・・・・・・・
資料ファイル

大栗川
八王子市および多摩市を流れる多摩川水系の一級河川である。八王子市鑓水付近を水源とし、都道20号府中相模原線(柚木街道・野猿街道)に沿って大きく蛇行しながら概ね北東に向って流れ、八王子市松木付近で支流の大田川を合わせる。多摩市に入り、和田の宝蔵橋付近で大きく東へ向きを変える。この地点の左岸の旧字は「大栗」であり、これが川名の由来となっている。その後連光寺付近で乞田川を合わせて1 kmほど流れ、稲城市との境界付近で多摩川に合流する。

大栗川延長:15.5km 水源の標高:213m 流域面積:42.6km2 水源:御殿峠(八王子市鑓水)

(支流)
子の神谷戸 厳耕地谷戸 大芦谷戸 嫁入り谷戸 岩入り川 殿ヶ谷戸大田川 
別所川 寺沢川 谷津入り川 天野谷戸 塩釜谷戸川 大谷戸川(中和田) 
倉沢川
新堂谷戸 百草谷戸 雨田川 古茂川 乞田川 大川
Wikipedia

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大栗川の支流図/「由木つむぎの会」さんの流域図を参照させて頂きます




by Twalking | 2016-08-30 08:39 | リバーサイドウオーク(新規)

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