無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 大栗川(3)堀之内   

日時 2016.9.1(木)
天気 晴れ


堀之内は隣の街、松が谷トンネルからよく眺めています。
ここは七生丘陵へ向かって谷戸が入り組み、田畑や牧場など
のどかな里山風景が残ります。

開発が進んではいますが、丘からの景色は抜群ですし、
変化に富んだ谷戸の道はちょっとしたハイキング気分を
味わうことができます、お勧めで~す。


・・・堀之内2・3丁目(右岸)


平安時代
にこの地を拠点としていた地元武士団武蔵七党の「西党一族」の館周辺の堀の内側であったことに由来する。「堀」があったのは平安時代の話であり、堀の跡は現存しない。堀之内23丁目は京王堀之内駅を中心に開発されておりほぼ開発は完了している。Wikipedia

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洗馬橋から右岸に由木緑道が整備されています/起点(洗馬橋)


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大栗川の風景① 左手には緑の芝生が広がる番場公園があります/番場橋

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洗馬公園(左岸)           番場公園(右岸)

小字-番場(ばんば)

堀之内の旧小名、小字。番場公園のあたりだろう。昔の放牧地、馬の鍛錬などに用いた。(「谷戸めぐり」さんの解説より)

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善照寺/堀ノ内3丁目

真宗大谷派。小池山と号し、本尊阿弥陀如来、開山存貞(寛文12年・16721228日寂)で、古く天台宗であったが、寛永年間(16241644)転宗したものである。中興開山は湛然(明治3年寂)である。現本堂は文政12年(1829)の再建である。(八王子市史)

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大栗川の風景② 大栗川橋に向かってゆるくカーブしてます/新径橋

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京王堀之内駅

小字-谷戸山(やとやま)

堀之内の旧小名、小字。京王堀之内駅付近でかつては丘陵が伸びていた。(「谷戸めぐり」さんの解説より)

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南八幡宮鳥居/堀之内3丁目


d0183387_11553202.jpg南八幡神社
祭神:応神天皇
小田肥後守定久姓は藤原氏でもとは小田野といった。北条氏照の家臣で定久の子・源左衛門は松木教伏寺を、その一族源左衛門は蓮生寺鐘楼および仁王像を建立し、なお北条氏の家臣横倉伊予守、井草小田肥後守とともに寛永6年(1629)南八幡宮を勧請。現在も引続き小田氏は神社運営に横倉家とともに責任役員に再選され、特に小田家は累代神社の鍵とりと称しこの重責を果されている。(東京都神社名鑑)


・・・堀之内(左岸)


多摩ニュータウンの開発地域内であるがマンションなどはほとんど無く、新たに住んだ住民は少ないが、北東部に積水ハウスと大和ハウス工業によって681戸の東京森都心多摩ニュータウン東山が誕生した。牧場や養鶏、畑などがあり里山の風景を残している。北西は多摩丘陵西部緑地保全地域に指定されている。
Wikipedia)


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丘の風景① (東)多磨センター方向:丘は住宅地に変わりましたが展望は抜群です/堀之内東山

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丘の風景② (西)南大沢方向:丹沢山系&よく晴れていれば富士が望めます

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展望広場               東山街区
           
               
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堀之内愛宕神社鳥居/堀之内

d0183387_15455327.jpg堀之内愛宕神社
祭神:加具土神、大己貴神、少彦名神 
伝承によると慶長元年(1596824日の創建といわれる。(東京都神社名鑑)




d0183387_15562260.jpg愛宕神社参道完成記念碑
昭和42年新住宅市街地開発法(多摩ニュータウン)の決定により、民有地は収用権により田畑、山林は全面買収された(住宅都市整備公団)神社については一旦買い上げられ、同時に買い戻す手続きで同地に安置されています。旧参道は造成され、新たに階段にて新設され併せて公園緑地の管理道が新設された。その道路に神社の幟旗を立てる枠立場を設置しました。因って記念し此処に記す。平成18年氏子一同(石碑文)

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堀之内沖谷戸公園

沖谷戸(おきのやと)
堀之内の地名。東中野境の谷戸で愛宕社の下にあったが、現在開発が進んでいる。ここも一部は公園として残されることが決まっている。(「谷戸めぐり」さんの解説より)

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炭焼釜跡               愛宕神社参道入口

炭焼窯跡

大正時代(1920頃)はこのような窯で木を焼いて炭を作っていました。炭は養蚕場(カイコを育てる場所)の暖房などに使われていました。(八王子市)


d0183387_16312460.jpgこのすだじいの木は樹齢200年くらいのものです。小さなドングリから芽を出し、長い年月をかけて大きくなったすだじいの木を、東山のまちのシンボルとして残しまわりを公園としました。東山のまちづくりでは数多くの樹木を移植・保存しましたが、住宅地の中にそのまま残されたものはこのすだじいの木だけです。この地を見守ってきた緑を次の世代にも伝えていけるようにこれからも大切にしましょう/すだじい公園

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堀之内沖谷戸公園マップ(橙:歩行ルート 赤丸:愛宕神社 緑丸:展望広場)


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保井寺山門/堀之内

d0183387_17035275.jpg保井寺(ほうせいじ)
竜沢山と号し、本尊虚空蔵菩薩、慶安年中(16481652)御朱印四石五斗を賜わった。開山は本寺四世照鑑(?~1595)、開基は麒山麟永居土(井上氏)である。(八王子市史)



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観音堂                鐘楼


d0183387_17092118.jpg斎藤一諾斎之墓

一諾斎は三州額田城主11代の孫、鈴木半次郎の次男として江戸で生まれた。6歳で出家し浅草今戸潮江院・斎藤住職の養子となる。18歳より駒込吉祥寺をはじめ諸国をめぐり修業に励み、29歳より4ヶ寺の住職を歴任した。慶応434日甲州全福寺の住職(秀全55歳)の時、近藤、土方らが率いる甲州鎮撫隊(新撰組の別名)に一諾で物資を提供し、さらに還俗して新撰組隊士となり協力した。その後一諾斎は彰義隊に参戦し再び新撰組に戻り會津戦争に参加したが、そのまま先代に残留し降伏した。その後土方の親戚佐藤家に寄宿したが、明治3年武州由木中野村全住院にむかえられ大塚観音堂に寺子屋を開き地域の教育にあたった。同年10月病気のため甲州(正覚寺住職)に戻り余生を過ごしていたが、かつて一諾斎が開いた寺子屋が明治6年に八中学区代23・生蘭舎(現在の八王子市立由木東小学校)となったのを機に、この地に迎えられ教育にあたったが翌7121862歳で人生を終えたのであった。そしてその後寺子屋の教え子であった保井寺23世によりこの地に埋葬された。戒名 一諾斎大道秀全居士(碑文)


d0183387_17132081.jpg井上七兵衛之墓(左)

七兵衛は井上掃部之輔秀(保井寺開基)の子として、同じ清和源氏の流れをくむ主君・信濃源氏木曽義仲の末裔・大石定久の伴として、天文7年(1538)に一族と武州由木堀之内長谷戸に住居を移した。慶長4年、由木15ヶ村の領民が年貢に苦しむのを見かねて別所薬師堂に、七兵衛をはじめとした各代表が集まり一身連判をした。七兵衛は小嶋河内とともに総代表となり田畑のお縄改めを役人に願い出たが、数日後落合村の河合豊後が惣百姓らと相談して彼らを裏切り、差し戻しの連判請願を申し出たため七兵衛と河内は猿丸御林において打ち首となり下柚木殿ヶ谷戸松の首に首を晒された。寺沢弥七またの名を槍持ち弥兵衛と申す一族の者がこのことを哀れに思い、2日後夜中に七兵衛の首級を持ち出して保井寺境内墓地の一角に密やかに埋めた。そしてそののち石碑を建てて由井の領民とともに懇ろに供養しと伝えられている。(石碑)


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堀之内東山もりみの公園        お堂があります


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堀之内寺沢里山公園/堀之内

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竹林モデル地区/散策路

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奥の谷戸               保存地区

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龍生寺阿弥陀堂の宝篋印塔

この宝篋印塔は、寛政年間(17891800)阿弥陀堂建立者・鈴木与五兵によって建立されたものである。高さ3m余、形の良く整った代表的な塔である。宝篋印塔は唐の沙門不空三蔵(中国の密教を大成させた僧)の訳による「一切如来心秘密全身舎利宝篋印陀羅尼経」の教えの中から出た名称である。(八王子市教育委員会)


d0183387_18110157.jpg龍生寺阿弥陀堂の宝篋印塔 
最上部の相輪は失われていますが、江戸時代中期の宝篋印塔として代表的なものです。刻まれている文字によると、堀之内の念仏講中を中心に、鈴木與五兵衛が施主となり新右衛門とその母などによって建てられたことがわかります。また、開眼は玉泉寺の住職が務め信州高遠の石工團蔵が手がけたものであることも読み取れます。建立:寛政8年(1796)8月 高さ290cm 幅125cm(八王子市HP)




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堀之内寺沢里山公園マップ


・・・155号旧道(宮嶽谷戸)

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谷戸の風景① 旧多摩テックへ上る155号の旧道です/堀之内

宮嶽谷戸(みやたけやと)
堀之内の地名。旧道が通り日野方面に抜けている部分の谷。開発の話が進んでいたが、地元の方のご努力などもあり昔の風景をとどめている。(「谷戸めぐり」さんの解説より)

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道端の道祖神             堀之内2丁目へ下る縄手道

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池の風景① 途中の田圃にヘラブナ釣りの池もあります/堀之内

小字-堰山下(せきやました)
堀之内の小字。堰山の下にある。池溜め池があった。現在でもその溜め池は釣り堀として使われて使われている。(「谷戸めぐり」さんの解説より)

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こちらが新道です、横断して東京薬科大へ/帝京大中高北バス停

都道155号町田平山八王子線
町田市から多摩市、日野市を経て八王子市に至る一般都道である。八王子市堀之内の芝原公園-旧多摩テック付近までは、上記と同じ程度の狭隘路であるため離合は難しい上、抜け道として利用されており交通量が多く見通しも悪い。ただし、日野市平山の橋下交差点-八王子市堀之内の大栗川橋北交差点北側間にて対面二車線の新道が整備されている。(堀之内第1トンネル:全長256m 199612月完成堀之内第2トンネル:全長60m 19953月完成堀之内第3トンネル:全長120m 19943月完成


・・・寺沢川源流域(寺沢谷戸)

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谷戸の風景② いい里山ですね~、谷を寺沢川が流れます/寺沢谷戸

勝負沢山(しょうぶさわやま 左手)
堀之内の山の名。越野境の山だという。(「谷戸めぐり」さんの解説より)


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帝京中・高入口            東京薬科大前


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谷戸の風景③ 田を潤して、谷戸を寺沢川が流れます/堀之内

小字-上寺沢(かみてらさわ)
堀之内の旧小名、小字。寺沢の上流部分。
(「谷戸めぐり」さんの解説より)


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池の風景② 寺沢谷戸の最奥部、源流のひとつです
(研究施設ですから許可が必要でした、勝手に入って申し訳ありませんでした)

FM多摩丘陵
東京農工大学農学部実習施設)
東京都八王子市堀之内に所在し、115,038m2の面積を有しています。府中キャンパスから15kmほど離れた多摩丘陵南部の森林小流域を持つ里山として立地し、主に資源物質循環に係る教育研究を実施しています。都市圏にある小規模な森林集水域という特徴を生かした様々な教育研究が行われています。(東京農工大HP)


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池の風景③ たにし池 こちらも源流のひとつ。奥は平山城址公園です/東京薬科大学

東京薬科大学

八王子市堀之内1432-1に本部を置く日本の私立大学で1949年に設置された。日本最古の私立薬科大学である。多くの傑出した人材を薬学界・薬業界に輩出し、医療分野のみならず教育等幅広い領域で活躍している。東京のキャンパスとは思えぬ程自然豊かで、キャンパス内に植物園があり校内で登山も出来る。Wikipedia

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正門                 大きなクスノキの並木です

平山城址公園の関連記事はこちらへ(http://teione.exblog.jp/18838729/


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北八幡神社境内/堀之内


d0183387_22483209.jpg北八幡神社

祭神は誉田別尊。創立は年代不明。往昔は当村字子沢に社地があったが、元亀年中(157073)大石信濃守が再興し、今の地に移したという。往古の書物に社地跡を旧字宮竹と称し、別当広泰寺は同所にあり、同時に越野村に移転広泰山普願寺と改称、寺跡を広泰寺といい、旧字が今に残っている。慶安年間(164852)徳川幕府より除地九石三斗を拝領。(東京都神社名鑑)


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境内の道祖神             標高108.5mです


小字-芝原(しばはら)
堀之内の旧小名、小字。バス停芝原や堀之内会館のあるあたり。(「谷戸めぐり」さんの解説より)

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丘の風景③ 155号(平山通り)&京王堀之内方面の景観、抜群です/北八幡境内


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大栗川の風景③ この上流で大田川が左手から合流します/大栗川橋(堀之内3丁目)

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京王堀之内駅周辺マップ
(橙:野猿街道 茶:155号 紫:多摩ニュータウン通り・尾根幹線 橙角:京王堀之内・南大沢・唐木田駅 青丸:大田川合流地)




by Twalking | 2016-09-07 13:12 | リバーサイドウオーク(新規)

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