無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 カテゴリ:甲州街道(完)( 50 )   

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 信濃路を東へ   

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甲州道中/茅野市金沢
諏訪盆地の東に広がる扇状地の扇頂に位置する金沢宿。右手は金沢峠、越えれば高遠です。峠付近には戦国最強とうたわれた武田軍団を支えた甲州金山のひとつ金鶏金山がありました。街道は前方の富士見峠を越え甲斐国境に向かいます。う~ん、里山の景色をひとり占め、伸びやかでいいなぁ~。。。

by Twalking | 2015-04-02 11:35 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 夢の続きは甲州街道   

次はどこにしようかと思っていた矢先、
大高先生からお電話を頂きました。
先生は私の街道歩きのお師匠さんなんです。

伺うと、甲州街道を歩くガイドを探していて、
やってみない、ということでしたので、
二つ返事でお受けすることにしました。

ご案内するのは和歌山のお客さま、それも
読売さんで東海道を歩かれたみなさんが中心、
と企画者の方からの連絡で分かりました。

不思議なご縁ですね。
先生からご指南頂きながら歩いた甲州街道、
お客様が読売さんで募集された方々、
これは、がんばらねば、と準備をしています。

旅立ちの春に、不思議なご縁に感謝いたします。


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『甲州街道ウオーク』概要

・予定:9回シリーズ
第1回 3月    下諏訪宿~金沢宿   1泊2日
第2回 4月   金沢宿~台ヶ原宿     々
第3回 5月    台ヶ原宿~塩崎     々
第4回 6月   塩崎~日川       々
第5回 9月   日川~真木      2泊3日
第6回 10月   真木~藤野       々
第7回 11月   藤野~日野宿      々
第8回 12月   日野宿~仙川      々 
第9回 1月   仙川~日本橋      々

・催行:(株)読売旅行和歌山営業所



by Twalking | 2015-03-24 22:46 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 甲州街道(17)蔦木宿~金沢宿   

日時 2013.3.27(水)
天気 晴れ/曇り

はれ後くもりの予報でしたが新宿は小雨模様、アレレ~。。。
でも、中央道から南アルプス、八ヶ岳などうっすらと見え、
こらなら大丈夫と一安心しました。

何せ今日は最後の“峠越え”。
小仏・笹子程ではないにしても結構タフなコースです。
蔦木宿、瀬沢、原の茶屋と早春の里山を味わいながら
のんびりと、でもしっかりとみなさん歩かれてました。

やはりこれまで歩かれてこられた成果でしょうか、
いや、実に素晴らしいことだと思います。
みなさんお疲れさまでした!

さぁ、次回はいよいよエンディングの下諏訪です。
がんばりましょう!


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三光寺山門

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本堂                         代表して鐘ついていただきましたぁ~


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いざ、富士見峠へ/神代・諸水橋付近

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瀬沢の上りへ/机                 御射山神戸へ下ります/原の茶屋先


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この先から金沢宿へ下ります/ 御射山神戸一里塚  
ケヤキは樹齢390年余。甲州街道でこのように塚・ケヤキともに往時のものが保存されている例は他になく、とても貴重な存在です(富士見市) 


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記録
人数 22名
歩数 23200歩
時間 6時間

行程
新宿8:00⇒談合坂(WC)8:55⇒小淵沢IC9:55・・・道の駅蔦木宿(WC)10:10⇒
新国界橋(S)10:30・・・高座石・・・真福寺・・・応安の古・・・三光寺(小休)・・・
蔦木宿・本陣・・・川除碑・・・平岡一里塚・・・瀬沢追分・・・瀬沢合戦古戦場跡12:00⇒
道の駅(昼食)13:45⇒古戦場跡(S)14:00・・・尾片瀬神社・・・とちのき防風林・・・
塚平の一里塚・・・透関の馬頭観音・・・富士見公園15:00(WC)15:15・・・原の茶屋・・・
御射山神戸・・・御射山神戸一里塚15:55・・・泉長寺・・・金沢コミュニティー16:35
(S)16:45⇒諏訪南IC16:55⇒八ヶ岳PA(WC)17:25⇒石川PA(WC)⇒新宿19:25


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資料ファイル


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本陣表門                      本陣跡碑
甲州街道蔦木宿と本陣表門の沿革
蔦木宿は江戸幕府の宿駅制度のよって、慶長十六年(1611)ころ甲州道中第四十三番目の宿駅として設置された。街は街道に面して屋敷割をし、本陣・問屋などが位置づけられた。本陣の規模は広大で多くの座敷や板敷、土間のほか堂々とした門構えや広い玄関、書院造りの上段の間などを具備していた。この宿駅は、元禄十五年(1702)、延享三年(1746)、明和八年(1771)、寛政六年(1794)、文化六年(1809)、元治元年(1864)の計六回の大火にあい罹災戸数も知られているが本陣の類焼についての詳細は不明である。この宿場街は、明治維新による宿駅制度廃止と、さらに、鉄道がこの宿駅から離れたところに敷設されたため次第にさびれていった。本陣も主屋は、明治四十年(1907)に南原山に移築され、渡辺別荘(分水荘)として活用されていたが、老朽化したため昭和五十年代に取り壊された。本陣主屋は弘化三年(1846)五月の建築であり、甲州道中における、本陣建築の遺構として惜しまれる建造物であった。この表門は、構造手法、および使用材料よりみて、主屋より新しく江戸末期の元治元年の火災後の復興になるものと考えられる。明治三十八年(1905)池袋区の、平出武平氏がゆずり受け、同家の正門としていたが、平成二年(1990)本屋取りこわしに際して町の歴史民族資料館に保存された。かつての蔦木宿の面影をしのび、心のよりどころとの区民の強い要望から、平成四年(1992)七月本陣跡地に復元された。建物の造りは簡素であるが数少ない本陣表門として貴重な遺構である。(富士見市教育委員会)

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南の桝形道趾             北の桝形道趾


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川除古木
釜無川の氾濫による水害から蔦木宿を守るために、宿の上の入口付近につくられた信玄堤とよばれる堤防がある。川除古木は、この信玄堤と共に水害から地域を守るために植えられた川除木の名残りの古木であり、現存しているものはキササゲ一株、サイカチ二株、ケヤキ一株である。明治三十一年(1898)の大水のときには、ここの大木を切り倒して集落内に向おうとする大水の向きをかえ、集落を水害から守ったといわれる。キササゲは胸高幹囲(きょうこうかんい)215センチ、主幹は地上3メートルより上は枯れ、分かれた枝が張っている。キササゲは中国原産で暖地に植栽され、また河岸などに逸出している。果実が肝臓病の薬に利用される。富士見町内では釜無河原に見られる。サイカチの一株は胸高幹囲335センチ、主幹は地上4メートルで大枝二本に分かれ、樹高16メートルに達する。サイカチは本州・四国・九州の温帯および暖帯に分布し、通常、樹高10~15メートル、胸高直径30~40センチに育つ。富士見町内では釜無および入笠地域に認められるが、株数は少ない。果実は洗濯に、葉は食用に、根皮および木の刺は薬用に、花は薬湯に利用される。ケヤキは国内の温帯及び暖帯に広く分布し、他の樹木に比べて大きく育って目立つので、けやけき木という意味からケヤキと名づけられた。また地方名「ツキ」は強木の略であり、防風のため植えられている例がある。(説明版)



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瀬沢古戦場跡                   吉見屋/瀬沢
瀬沢合戦跡
瀬沢合戦とは「甲陽軍艦」によれば、次のような合戦のことです。
天文十一年(1542)二月、信濃の小笠原・諏訪・村上・木曽の四大将は甲斐の武田晴信(信玄)を攻めようと、甲信境の瀬沢に陣取りました。これを察知していた晴信はひそかに軍勢を発し、三月九日朝、信濃勢の不意をつき、武田軍は大勝したが、味方にも多数の死傷者を出しました。(富士見市)

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とちのき風除林 
とちのきには、古くから樋口姓の者が住んでいた。しかし村は風当たりが強く、五穀は実らず、全戸が今の若宮地籍へ移り住み無人家の地となった。元和六年(1620)、樋口氏が木之間から今の塚平の地へ移住した。ここは周りが草原だったので、神戸から草刈に来た人達や甲州道中の通行人が時々失火して火災にあった。それで、やや南の方の今の地へ移った。このころ片瀬から小林氏が来て住むようになった。やはり北風は強く、内風除けを作ったが、なお稲はよく実らなかった。寛政年間(1789~1800)に村では高島藩へ願い出て、防風林として外風除けを村の上に仕立てた。そのアカマツが、樹齢およそ200年の立派な風除けとして今日に至っている。この風除けは甲州街道に直交し、かつ東西に100メートルずれるように設けられている。東側は村の北西、ソリの道地籍の崖縁に沿う延長160メートルの間に植えられている。樹高20メートル余り、いま胸高幹囲140~240センチのもの35本を数える。西側は延長45~50メートルに上端の幅10メートル余、高さ2メートル余の土盛りをして植えられ、いま胸高幹囲160~250センチのもの14本を数える。風除けと呼ばれる林は藩の許可を得て設けられるもので、富士見町内では30余りが数えられる。現存するものの中でこの風除林は、往時からの姿を伝える顕著なものである。(富士見市教育委員会)

by Twalking | 2013-03-28 16:53 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 甲州街道(15) 韮崎宿~武川   

日時 2013.1.23(水)
天気 晴れ

先週の降雪、高速が止まっていましたので順延したようですが、
途中の山々は真っ白ですから正解でしたね。。
また、笹子の対面通行もスムーズに流れていてよかったです。

左手に鳳凰三山、右手に七里岩の奇岩を眺めながら、
上・下祖母石の集落や田畑を縫って歩きました。
もう自然そももの、静かな佇まいをのんびりと味わいました。

こういうウオーク、地味ですが安らいで好きですね。。。
みなさん、お疲れさまでした!


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雲岸寺・穴観音/韮崎宿

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前方左手の尾根を目指します/上祖母石

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南アルプス・鳳凰三山              釜無川&七里岩  

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新府城跡はまだ少し雪が残ってました


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記録
人数 15名 (1月16日の降雪による順延)
歩数 22300歩
時間 5時間

行程
新宿8:00⇒談合坂SA(WC)9:05⇒双葉SA(WC)10:00⇒韮崎IC⇒市役所10:15
市役所(S)10:30・・・雲岸寺・・・十六石・・・水神塔・・・神明寺11:55・・・水難供養塔・・・
姥姿石・・・穴山橋・午頭島公園13:05(昼食)13:45・・・徳島堰・・・妙浄寺・・・
武川農産物直売所14:45(WC)15:00・・・武川15:15(S)15:25⇒
新府城跡15:40(見学)16:15⇒韮崎IC16:40⇒双葉SA(WC)17:00⇒
石川PA(WC)18:20⇒新宿18:50

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資料ファイル

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本丸跡                       西側・八ヶ岳山麓

《国指定史跡・新府城跡》
新府城は天正10年2月織田軍の侵攻を前に武田勝頼自ら火を放って東方郡内岩殿城を目指して落ちていった武田家滅亡の歴史を伝える悲劇の城である。本城は南北600m、東西550mで外堀の水準と本丸の標高差80m、型式は平山城で近世城郭のような石垣は用いず、高さ約2.5mの土塁を巡らせている。最高所は本丸で東北90m南北120m、本丸の西に蔀の構(しとみのかまえ)を隔てて二の丸があり馬出しに続く。本丸の東に稲荷曲輪、二の丸を北方に下れば横矢掛りの防塁がありその外側に堀を巡らせている。堀は北西から北、北東へと巡り北方の高地からの敵襲に備えて十字砲火を浴びせるための堅固な二か所の出構えが築かれている。三の丸の南北には大手が開け、望楼があり三日月形の堀とその外側に馬出しの土塁が設けてある。本丸と東西三の丸、二の丸と大手などの間には帯曲輪、腰曲輪がある。搦め手にも望楼がある。蔀構え、出構えは新府城の特色で、防御のために工夫されたもので特に出構えは鉄砲のような新鋭兵器をもって敵の攻撃に対抗するために工夫された構えといわれる。(文化庁・山梨県・韮崎市)

《七里岩》
八ヶ岳泥流と呼ばれる火砕流が形成した台地であり、南側には釜無川、東側には塩川が流れ、それぞれ侵食崖を形成している。狭義には、釜無川の侵食により形成された、川沿いに連なる高さ10mから40mの断崖のことを指す。この断崖は国道20号から見ることができる。南北の長さが30km(約7里)にも及ぶので、七里岩という美称がつけられたとされる。なお、正式には「しちりいわ」であり、「七里ヶ岩(しちりがいわ)」という名称は正しくない。台地の形が舌状であり「韮」の葉に似ているので、その先端部のある地域を「韮崎」として、韮崎市の地名発祥のひとつになったとされる。台地北部は、八ヶ岳からの湧水により水利にとても恵まれており、江戸時代には、甲斐国の中でも有数の米生産地であったとされる。小淵沢町、長坂町、大泉町および高根町は、その町域のほとんどがこの台地の上に存在する。中央本線や中央自動車道は 韮崎市を過ぎるとこの台地へとのぼり、長野県へと通じている。台地の崖下を流れる釜無川と塩川には、それぞれ平行して甲州街道と佐久甲州往還が走っていた。現在では、それぞれ国道20号と国道141号に相当する。近世においては、逸見路(へみじ)や信州往還(甲州街道原路)、信玄の棒道といった交通手段が存在し、それぞれ甲府から信州までの道を結んでいた。なお、信州往還は、現在の長野県道・山梨県道17号茅野北杜韮崎線(七里岩ライン)に相当する。(Wikipedia)

《釜無川》
山梨県西部の川。富士川上流部の呼称で,笛吹川との合流点までを指す。全長64km,流域面積1078km2。山梨・長野県境の駒ヶ岳(甲斐駒ヶ岳)西方の鋸岳(2607m)に源を発し,甲信の境を北流したのち流路を南東に変え,八ヶ岳すそ野の断層線に沿って流れ,大武川,小武川,塩川,御勅使(みだい)川を合流する。中巨摩郡竜王町で甲府盆地に出て盆地西部を南流し,西八代郡市川大門町で笛吹川と合流する。(世界大百科事典)

by Twalking | 2013-01-24 13:51 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 釜無川   

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下流側・甲府盆地

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上流側・七里岩&八ヶ岳山麓


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穴山橋

穴山橋/甲州街道

by Twalking | 2013-01-23 22:22 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 甲州街道(14) 甲府柳町宿~韮崎宿   

日時 2012.12.18(火)
天気 晴れ

笹子トンネルの崩落事故、びっくりしましたね。。
甲州街道などでいつも通っている処ですから、なおさらです。

交通止めでどうかなぁ~・・・、着いてから考えよっと。。。
まあ、そんな感じでしたが地元ドライバーさんの的確な判断で、
思った以上に順調に到着しました。

天気にも恵まれましたのでみなさん軽快に歩かれてましたし、
日が短いので「信玄堤」、先にみたのも良かったですね。。
時間的なロスを省けましたので順調にゴールできました。

“交通止め”に気を揉みながらの甲州街道の歩き納め、
なんとか無事に完歩することができ、ほっと一息です。
みなさん、ご協力ありがとうございました。
どうぞよいお年を!


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霞みの富士/ドラゴンパーク

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慈照寺山門(寛永6年・1629)     自性院の石畳(明和2年・1715) 


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下今井の家並み

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光照寺薬師堂               昼みれば首すじ赤き蛍かな/芭蕉句碑


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塩川橋を渡ると韮崎宿に入ります

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釜無川の向こうに富士が見えます   茅が岳/船山公園


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記録
人数 14名
歩数 22900歩
時間 5時間30分

行程
新宿8:00⇒談合坂(WC)9:05⇒都留IC⇒中初雁⇒20号笹子トンネル⇒
勝沼IC⇒甲府昭和IC10:15⇒県立美術館10:30(WC・S)10:45・・・
貢川・・・竜王・・・慈照寺・・赤坂供養塔・・・ドラゴンパーク12:10⇒
双葉サクラや12:15(昼食・WC)13:05⇒信玄堤見学⇒セブン13:30・・・
下今井道標・・・自性院石畳・・・泣石・・・光照寺薬師堂・・・舟形神社14:40・・・
芭蕉句碑・・・金剛地道標・・・塩川橋・・・船山河岸15:45・・・鰍沢横丁・・・
本陣跡・・・韮崎市役所16:00(WC)⇒韮崎IC16:10⇒一宮IC16:35⇒
20号⇒大月IC17:30⇒談合坂(WC)17:55⇒新宿18:45


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資料ファイル
《信玄堤と御勅使川・高岩》説明版
甲府盆地には東から笛吹川、西から釜無川・御勅使川が流れています。どちらの川も暴れ川です。東の暴れ川・笛吹川を抑えるのが「万力林」、そして西の暴れ川・釜無川・御勅使川を押さえるのがこの「信玄堤」です。「信玄堤」は戦国時代に武田信玄の命によりつくられたといわれています。信玄堤はこの付近の堤防の名前ですが、この堤防だけでは釜無川や御勅使川の洪水を防ぐことはできません。右の図のようないろいろな施設によって洪水の流れを調節しています。特に御勅使川の洪水の流れをたくみにコントロールしていることが大きな特徴です。
・御勅使川の流れを上流の「石積出し」で北側へはねます
・このはねた流れを2つの「将棋頭」で受け止めます
・次に河岸段丘を切り開いた「堀切」で御勅使川の洪水の流れを「高岩」へ導きその勢いを弱めています
・弱まった流れをこの「信玄堤」がしっかり受け止めているのです

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信玄堤/釜無川

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by Twalking | 2012-12-21 15:30 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 番外 ぶらり多摩川・日野橋   

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立日橋&多摩モノレール/上流側


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中央高速道路/下流側


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日野橋

by Twalking | 2012-12-14 19:14 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 番外 ぶらり相模湖   

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吉野宿&勝瀬橋


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藤野町日蓮


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ふるさとの森&石老山

甲州街道与瀬宿・相模湖畔より

by Twalking | 2012-12-13 22:16 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 甲州街道(13) 石和宿~甲府柳町宿   

日時 2012.11.20(火)
天気 晴れ

素晴らしい好天に恵まれた一日となりました。
中央道もスイスイと流れ、山々も紅葉の盛りです。

石和からもゆく手に白根三山、塩見岳がくっきりと見え、
城下道では鳳凰&甲斐駒が真正面、こんな光景初めてです。
るんるん気分のウオークですねぇ~・・・、もう最高です。

甲府は武田三代の中心地、ウオーク後に古府中(武田神社)と
甲斐善光寺をのんびりと見学しました。
夕日に富士がうっすらと赤く染まって綺麗でしたねぇ~・・・。

きっと、みなさんの日頃のご精進に報いてくれたんでしょう、
ありがたい限りと感謝いたします。
どうもありがとうございましたぁ~!、楽しかったです。。


《一路、西へ》
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白根三山/石和宿

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富士/荒川橋

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鳳凰三山&甲斐駒ケ岳/貢川

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道中のラウンドマークとなる茅ヶ岳、鳳凰三山&甲斐駒ケ岳
(茅ヶ岳の麓が14回・韮崎宿、鳳凰三山の麓が15回の武川、甲斐駒ケ岳の先が16回の台ヶ原宿になります)


《バスにて散策》
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古府中(国指定史跡・躑躅が崎館跡)

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武田神社                    往時の面影を残す堀・石垣


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甲斐善光寺・金堂(重要文化財)


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記録
人数 20人
歩数 26100歩
時間 5時間30分+散策1時間(県立美術館・武田神社・甲斐善光寺)

行程
新宿8:00⇒談合坂(WC)9:05・・・一の宮IC・・・石和・小林公園9:45(WC・S)
小林公園10:00・・・石和神社・・・甲運橋・・・川田館跡・・・山崎刑場跡・・・
酒折宮(小休)11:25・・・板垣一里塚・・・石田家住宅・・・天尊躰寺・・・
舞鶴城公園(12:30(昼食・S)13:20・・・甲府柳町宿・・・身延路追分・・・
荒川橋・・・貢川橋(小休)・・・県立美術館14:40(WC休憩:県民の日無料開放)
県立美術館15:10⇒武田神社参拝16:10⇒甲斐善光寺参拝16:40⇒
一の宮IC17:05⇒石川PA(WC)18:20⇒(事故渋滞)⇒新宿19:40


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資料ファイル
《白峰三山》(しらねさんざん)
南アルプス国立公園内の赤石山脈(南アルプス)にある北岳(3193m)、間ノ岳(3189m)、農鳥岳(3026m)の三山の総称。白根は雪でおおわれた白い山という意味。

《鳳凰山》(ほうおうざん)
山梨県の南アルプス北東部にある3つの山の総称である。後述の通り、鳳凰山とはどの山を指すのか歴史的には諸説あったため、地蔵岳(2764m)・観音岳(2840m)・薬師岳(2780m)の3山の総称として特に鳳凰三山とも呼ばれる。地蔵岳の山頂部はオベリスク(地蔵仏)と呼ばれる巨大な尖塔があり、鳥のくちばしに満たれられることから鳳凰の山名由来になっていると考えられている。

《甲斐駒ヶ岳》(かいこまがたけ)
南アルプス国立公園内の赤石山脈(南アルプス)北端の山梨県北杜市と長野県伊那市にまたがる標高2,967 mの山である。「駒ヶ岳」の名を冠する独立した山は全国に18山あるが、その中ではこの甲斐駒ヶ岳が最高峰であり、木曽駒ヶ岳が2,956 mでこれに続く。野県側(特に甲斐駒ヶ岳と木曽駒ヶ岳に挟まれる伊那谷周辺)では、甲斐駒ヶ岳を東駒ヶ岳(ひがしこまがたけ)、木曽駒ヶ岳を西駒ヶ岳と呼ぶ。 甲斐駒ヶ岳はまた、古くから信仰の対象ともなってきた。山梨県側の山麓の横手・竹宇両集落には駒ヶ岳神社が鎮座しており、そこから山頂にいたる黒戸尾根には現在も信仰にまつわる多くの石碑や石仏が残る。

《茅ヶ岳》(かやがたけ)
奥秩父山地の南(西)部に位置するコニーデ型の塊状火山。小楢山、帯那山、茅ヶ岳、黒富士は古い火山。標高は1,704 m。金ガ岳と連なって、八ヶ岳に似ているため『甲斐国志』や『甲斐叢記』によれば古くから八ヶ岳と混同・比較され、「にせ八つ」という呼び名がある。利水には乏しく、古代には穂坂牧や小笠原牧など官牧が位置していた。1971年(昭和46年)3月21日に『日本百名山』の著書で知られている小説家・深田久弥が、茅ヶ岳の登山中に脳卒中で亡くなった。麓に深田記念公園があり、毎年4月に韮崎市と地元の山岳会である白鳳会によって深田祭が開催されている。
(Wikipedia抜粋)

by Twalking | 2012-11-21 15:32 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 旅路、遥か   

甲州街道をご一緒したお客さまから“道中紀行”を頂きました。
みなさんそれぞれに思い出の記念を作られているんですね・・・。
私も歩いた記録をプログで整理してますが、これ大事ですね。。

ほんと嬉しいで~す!
ありがとうございました。。


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記念撮影/猿橋

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by Twalking | 2012-11-21 10:25 | 甲州街道(完)