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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 『雲』 三景   

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by Twalking | 2011-01-31 12:56 | ○雲

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ぶらり乃木坂~赤坂   

久し振りに都心にでましたので新国立美術館から
乃木坂~赤坂界隈をぶらっと歩いてきました。


《乃木坂》
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旧乃木邸
明治35年(1902)に新築し明治天皇に従って殉死するまで住んでいた。ドイツ留学中に見たフランス軍隊の建物を模範に建て、軍人らしく飾り気がなく簡素で合理的に作られている。建坪168m2 木造平屋建て 建物全体が半地下構造。(港区教育委員会)


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馬小屋
馬小屋は新築以前明治22年(1889)のもの。住宅が木造であるのに対し馬小屋は煉瓦作りで立派に建てたそうです。



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乃木神社


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三分坂(さんぶんさか TBS裏手) 
急坂のため通る車賃を銀三分増したためという。坂下の渡し賃1分に対していったとの説もある。


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報土寺


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雷電為右衛門の墓
明和4年(1767)信州小諸在大石村に生まれ、生まれながらにして壮健、強力であったが顔容おだやか、性質も義理がたかったといわれる。寛政2年(1790)から引退まで22年のうち大関(当時の最高位)の地位を保つこと33場所、250勝10敗の大業績をのこした。雲州(島根県)松江の松平候のお抱え力士であったが引退後も相撲役を任せられる。文化11年(1814)に当寺に鐘楼を寄付したが異形のためと寺院鐘楼新造の禁令にふれて取り壊された。文化8年(1825)江戸で没した。(港区教育委員会)


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日枝神社(ひえじんじゃ)
東京都千代田区永田町二丁目にある神社。江戸三大祭の一つ、山王祭が行われる。旧社格は准勅祭社(東京十社)、官幣大社。大山咋神(おほやまくひのかみ)を主祭神とし、相殿に国常立神(くにのとこたちのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)を祀る。創建の年代は不詳である。文明10年(1478年)、太田道灌が江戸城築城にあたり、川越の無量寿寺(現在の喜多院・中院)の鎮守である川越日枝神社を勧請したのに始まるという。徳川家康が江戸に移封されたとき、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守とした。慶長9年(1604年)からの徳川秀忠による江戸城改築の際、社地を江戸城外の麹町隼町に遷座し、庶民が参拝できるようになった。社地は家康により5石、元和3年(1617年)に秀忠により100石、そして寛永12年(1635年)に徳川家光からの寄付を加えて600石となった明暦3年(1657年)、明暦の大火により社殿を焼失したため、万治2年(1659年)、将軍家綱が赤坂の松平忠房の邸地を社地にあて、現在地に遷座した。この地は江戸城から見て裏鬼門に位置する。(Wikipedia)

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社殿

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神門


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表参道(山王男坂) 左手参道(山王女坂)


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江戸名所図会 日吉山王神社
(わたしの彩(いろ)『江戸名所図会』から引用)


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資料

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江戸名所図会 溜池
(わたしの彩(いろ)『江戸名所図会』から引用)


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by Twalking | 2011-01-30 23:16 | 東京散歩(新規)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○雲   

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by Twalking | 2011-01-30 22:57 | ○雲

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 『Heart in Art Tokyo 2011』 02   

今日は案内いただいた作品を見に新国立美術館に行ってきました。

これ松本城なんですが、全て廃材を使って製作したそうです。
天守閣の屋根瓦は菓子箱の底板、庇は焼き鳥の串、鯱は紙粘土、
家紋は小ナット、石垣はモルタルの欠片・・・・なんだそうです。

城門や月見櫓の出入りの門も外に向けて開きますし、
正面の石段の奥の内側には神棚が取りつけられていました。
説明を伺って、いやもうすごいの一言でびっくりしました。

「趣味で作ったんで、プロじゃやありません」とおっしゃって
ましたが、それはともかくもほんと素晴らしい作品に感動しました。
楽しいひと時をありがとうございました。


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松本城は姫路城、彦根城、犬山城とともに四つの国宝城郭のひとつです。
左:五層六階の天守 中:渡櫓 右:乾小天守 左前:辰巳見附櫓と月見櫓


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松本城は漆黒のその姿から烏城(からすじょう)と呼ばれています。
「裏側のこの角度から見るのが一番美しいですよ」と教わりました。


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にこやかに来訪者と語らう作者の伊藤武司さん。
ほんといい笑顔ですね。。


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《資料ファイル》
松本城の歴史的価値
(ア) 武田信玄によって整えられた松本城の縄張り
1550(天文19)年甲斐の武田信玄は、信濃府中に侵攻し守護小笠原氏を敗走させ、これを手中にした。平坦地にあった小笠原氏の支城、深志城を整備し以後33年間信濃経営の兵站基地とした。近世松本城の本丸・二の丸・三の丸の縄張りは、ほぼこの時期に出来上がっていると考えられている。1582(天正10)年武田氏が滅び旧地を回復した小笠原氏は、深志城を松本城と改めた。

(イ) 豊臣方の石川数正・康長父子によって築かれた戦略的拠点としての城
豊臣秀吉は1590(天正18)年小田原の戦後石川数正を松本に入封させ、関東の徳川家康を監視する5重6階の松本城天守(天守・渡櫓・乾小天守)を1593(文禄2)年から1594年にかけて築造させた。さらに総堀を浚い、土塁を築き土塀を建て、諸櫓や楼門を造り、城内の館の修造および武家屋敷の建設を行ない、近世城郭として松本城を整備した。天守の壁は上部が白漆喰で下部は漆黒の下見板が張られていた。鉄砲戦を想定して堀幅を広げ、天守の壁を厚くし、銃眼を穿ち、土塁上には狭間付き土塀を廻した。また、「馬出し」をともなった虎口や攻撃的な横矢掛を備えた外枡形で堅固な戦略拠点とした。

(ウ) 軟弱地盤に工夫を凝らして築造された典型的な「平城」
松本城天守は、女鳥羽川と薄川の複合扇状地の先端の軟弱地盤に平城として築造された。石垣を低くし、天守の重量を均等に地面に伝えるために天守台内部に16本の栂の土台支持柱を埋め込んである。さらに、天守台の石垣を積み上げるために堀底に松の丸太を筏のように敷き詰め、石垣の沈下を防止する筏地形の工法が採用されている。さらに、天守の重量による地面のズレを防止するため、2列の土留の杭が堀底に打ち込まれている。平城の縄張りは「梯き郭式+輪郭式」といわれる後堅固の城である。

(エ) 近世城郭史の上では「天正・文禄期」に属する現存最古の城郭
日本の近世城郭は安土城・豊臣大坂城の出現により始まるが、以下の4期に分類されるのが一般的である。「天正・文禄期」→「慶長前期(関ヶ原戦前)」→「慶長後期(関ヶ原戦以後)」→「元和以後(江戸期)」。このうち松本城天守は現存近世城郭では最古であり、「天正・文禄期」に属す。すなわち関ヶ原戦以後築城された白亜の姫路城や彦根城は、領国支配の拠点としての「権威の象徴としての城郭」である。それに対して松本城天守は戦略的城郭として堅固さを誇る城郭である。この性格の違いは豊臣政権から徳川政権への歴史的移行を反映している。

(オ) 泰平の世になって付設された辰巳附櫓と月見櫓
石川数正・康長父子によって天守・渡櫓・乾小天守が築造されてから40年後の1633(寛永10)年から1634年頃、3代将軍家光の従兄弟松平直政が辰巳附櫓と月見櫓を増設した。一国一城令が出され城郭の普請についても厳しい統制がなされている中、御家門大名松平氏にしてできた増築である。この2棟には際立った武備は見られない。総檜造りで三方取り外し可能な舞良戸や朱のはね高欄を巡らし、天井は船底天井に仕上げられている。また、壁は白漆喰の大壁造りで瀟洒な造りになっており、戦略的な天守と好対照をなす泰平の「元和以後の江戸期」の城郭である。松本城の天守は戦略的拠点としての城郭と、泰平の世の優雅な櫓が「連結複合」した天守群である。
(松本市 世界遺産(資料)より抜粋しました)

by Twalking | 2011-01-30 22:39 | さんぽみち

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 田部井淳子さん講演会   

多摩市で田部井淳子さんの講演会が開催されると
市の広報で見ましたので聴きに行ってきました。
『世界の山々を目指して』と題した講演でしたが、
『夢を追い求めて』という全体テーマに沿った話の内容で
やさしい口調のなかにズッシリとした説得力がありました。

初めての山。(那須茶臼岳 小学4年生の時)
山は緑、川は水と思っていたら山は茶色で川はお湯だった・・・。
「知らないこと」「行ったことのない所」がたくさんあると感じたそうです。
これが田部井さんの『興味』の原点だったんですね。。

「ゆっくり歩けばいいんだ」
「一歩一歩あるけば頂上につく」
「頂上についたら振り返ってごらん」と
体育が苦手だった田部井さんに先生はそう教えたそうです。
いい言葉ですねぇ~。。


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講演風景


エベレスト登礬(ネパール名サガルマータ、中国名チョモランマ)
「準備に1400日、現地に140日、頂上に1日」だったそうですが、
初登頂ということよりも『ほんの一日のために費やした時間』のことを
知って欲しいとおっしゃってました。

「一緒に登りませんか?」と仲間を必死で集めたそうですが、
「行きたいわ!」とやりたい気持ちをもちながら、
「でも・・・技術が」「でも・・・お金が」「でも・・時間が」と
いかれない条件が先になってしまう、本気になってないんです。

一番大事なことは行くんだという『意思』と『考える力』。
「夢を持っていると夢は必ず実現する、だからないないじゃなくて
どうやったらできるかを考えることです」と力強く語っておられました。
そして『不可能を可能にしていくプロセスが楽しい』と結ばれました。

いい話をたくさん聴かせていただき気持ちがグット盛り上がりました。
田部井さんに感謝です!


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エベレスト登礬写真


日時 2011.1.28(金) 18:30~19:45
会場 パルテノン多摩 大ホール
主催 国士舘大学 体育学部 体育・スポーツ科学学会
講演会  第一部 「夢をあきらめるな」 パネルディスカッション
       第二部 「世界の山々を目指して」 登山家 田部井淳子氏
 

by Twalking | 2011-01-28 22:14 | さんぽみち

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 伊豆半島一周(1) 三嶋大社~沼津漁港   

日時 2011.1.22(土)
天気 晴れ

風もなく暖かな青天に恵まれて伊豆一周のスタートを切りました。
やっぱり冨士がにっこりと微笑んでくれると嬉しいですね。。

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東名足柄SA

三嶋大社に道中の安全祈願をしてから隆泉園、梅花藻の里、
水辺のさんぽみちを楽しみながら柿田川湧水公園へと向いました。
途中の丸池でかわせみに出会いしましたが“渓流のヒスイ”と呼ばれる
だけあってほんと美しい鳥ですね・・・、しばし見惚れておりました。

湧水公園の芝生広場で弁当を食てからのびりと遊歩道を散策しました。
冨士の雪解け水がひっそりと湧きだしている光景はほんと神秘的ですし、
豊かな清流に育まれた杜は鮮やかで素晴らしいなぁ~と感じます。

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隆泉園・心地池

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源兵衛川・水辺のさんぽみち

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柿田川湧水公園

柿田川橋から狩野川の合流地を眺めながら香貫大橋に向かいますが、
ここからあゆみ橋までは川べりのリバーウオークとなります。
チョット単調になりがちですが愛鷹や箱根の山々が元気付けてくれます。

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狩野川・あゆみ橋船乗り場

あゆみ橋からはゴールの展望水門“びゅおう”が確認できます。
「あと一息ですよ」と声がけして千本浜に向いましたが、
松原を抜けると目の前に海原がパット広がり、北には冨士の勇姿。
イヤァ~なんともはや『存分にご覧ください』としか言いようがありません。

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千本松浜

湧水と川と海と冨士。
好天にも恵まれほんと記憶に残る素晴らしいスタートとなりました。
次回もみなさんとご一緒に歩くことを楽しみにお待ちしています!


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記録
人数 36名
歩数 24800歩
時間 6時間

行程
新横浜8:00⇒東名足柄SA9:00⇒三嶋大社10:00(境内散策)
三嶋大社10:30・・・・隆泉園・・・・梅花藻の里・・・・水の苑・源兵衛川・・・・
丸池・清霊神社11:40・・・・柿田川湧水公園12:00(昼食・散策)
柿田川湧水公園13:15・・・・柿田川橋13:40・・・・香貫大橋14:05・・・・
あゆみ橋・中央公園14:50・・・・乗運寺・・・・千本松浜15:45・・・・沼津漁港16:10
沼津漁港16:35⇒極楽湯(入浴)18:00⇒海老名SA17:10⇒新横浜20:00

by Twalking | 2011-01-23 14:55 | 伊豆半島一周(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○富士   

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千本松原・沼津/伊豆半島一周

by Twalking | 2011-01-23 14:53 | ○富士

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 多摩のさんぽみち07 「そよかぜのみち」   

“そよかぜのみち”てお洒落な名前がついてますが、
なるほどなぁ~と思います。

唐木田5丁目から落合5丁目へ繋がるこのさんぽみちは、
多摩センターの南に広がる丘の一番高いところにあります。
南側に尾根幹線が走っていてその向こうはもう町田市になります。

四方がひらけ、明るくのびやかに広がる空間は開放感に包まれ、
丘をつたう風がとても爽やかです。
ゆったりとした気分に浸りながら歩くとほんと楽しいですね!



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鶴牧第二公園から望む丹沢山塊
公園西側のすぐ目の前は東京国際カントリークラブとなります。
その奥には大山から塔ヶ岳、丹沢山へ連なる丹沢の尾根がくっきりと眺められます。
この右手には冨士が頭を覗かせ、奥多摩から秩父の山々も見渡せます。


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鶴牧第二公園から見る多摩ニュウータウンの丘
東側は奈良原公園をとおして落合の丘、豊ヶ丘の丘へと連なる丘が見渡せます。
広々としていて気持ちいいですよ。。


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鶴牧5丁目付近の風景


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落合5丁目付近の風景


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多摩センターのラウンドマーク・ベネッセビルディング
前の杜は多摩中央公園です。
丘を下ると青木葉通りにでますが、ベネッセの先が多摩センター駅です。

by Twalking | 2011-01-21 12:09 | たまのさんぽ道(新規)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○Flower   

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多摩市愛宕

by Twalking | 2011-01-20 10:56 | ○Flower

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○写真上達への道   

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by Twalking | 2011-01-19 12:26 | ○写真上達への道