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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 夕暮れ 07   

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れんが坂

by Twalking | 2012-01-31 20:00 | ○sun&moon

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 黄昏   

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鶴牧第二公園/多摩市

by Twalking | 2012-01-31 19:31 | ○富士

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 夕暮れ 06   

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「その声はいまも」
(冒頭)
あの女(ひと)は ひとり
わたしに立ち向かってきた
南三陸町役場の 防災マイクから
その声はいまも響いている
わたしはあの女(ひと)を町ごと呑(の)みこんでしまったが
その声を消すことはできない

・・・・・・・・・

(結び)
わたしはあの女(ひと)の声を聞いている
その声のなかから
いのちが甦(よみがえ)るのを感じている
わたしはあの女(ひと)の身体を呑みこんでしまったが
いまもその声は わたしの底に響いている

詩人・高良(こうら)留美子
(天声人語・1/28より)

by Twalking | 2012-01-30 12:21 | ○sun&moon

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ノルディックウオーク体験会in神宮外苑(3)   

日時 2012.1.28(土)
天気 晴れ

今日は北風が吹いてさすがに寒かったですね。。
ストレッチングで体を温めてから、そうそうにスタートし、
“歩きながらのレッスン”という形になりました。

神宮外苑の周回路を抜けて、安鎮坂~迎賓館前~青山通りと
赤坂離宮の周りをぐるりと回って絵画館前に戻る約6kmのコースです。
途中で部活の学生さんや練習中のランナーとも行き交いましたが、
“ノルディックも結構絵になるコースじゃないかなぁ~・・・?”なんて
思いながらルンルン気分で歩いてました。
みなさん寒い中お疲れさまでした、でも面白かったですね!

帰りは、お誘いした指導士のMさんと一緒に食事しながら歓談しました。
いや、久し振りに楽しいお酒が飲めてほんと心地よかったです。。
“東京シティーマラソン”頑張ってくださいね、応援してます! 038.gif


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スタート前のワンポイントレッスン

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ウオーキング風景               ストレッチングレッスン

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“肩回りを柔らかく動かして、腕を振りましょう!”

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記念撮影


《ノルディック・ウオーク体験会》
日時 2012.1.28(土) 15:00~17:00
場所 千駄ヶ谷・東京体育館裏及び神宮外苑周辺
主催 社)全日本ノルディック・ウオーク連盟(JNWL)
参加者 18名
参加費 500円(受講料、ポールレンタル料、保険含む)



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資料ファイル
《赤坂御用地》(あかさかごようち)
東京都港区元赤坂二丁目をほぼすべて占める皇室専用の敷地である。ここは江戸時代、紀州徳川家の上屋敷(紀州藩赤坂藩邸)が在った所で、明治維新後、政府に接収され帝室(現在の皇室)に献上されたものである。1873年(明治6年)に失火により皇居が焼失した際は、明治天皇がこの地に移り、1888年(明治21年)に新皇居(明治宮殿)が落慶するまでの間、ここを皇居としていた。赤坂御用地の北東に隣接して迎賓館(旧赤坂離宮)があり、訪日した外国賓客の接遇に用いられる。(Wikipedia)


《安鎮坂》(あんちんざか)
東京都港区と新宿区の境界になっている赤坂御用地の北側に沿った都道にある坂道。別名、権太坂、権田原坂。安鎮坂の名は付近に安鎮大権現の小社があったことに由来する。別名の権田原坂は付近に屋敷のあった権田氏、あるいは権田原僧都の碑にちなむなど諸説ある。坂上は権田原(ごんだわら)交差点で外苑東通りと交差する。坂の左手には明治記念館が、右手には赤坂御用地で東宮御所がある。北東方向に下ってゆくと左手に東京都神社庁やみなみもと町公園があり鮫河橋坂(さめかわはしざか)につながる。坂下の南元町公園辺りは低い湿地で、かつては沼から鮫川が東南の赤坂溜池に流れていた。湿地は江戸時代に外堀工事の残土で埋め立てられ、町屋となった。坂の両側は栃ノ木の並木になっている。また、赤坂御用地の樹木などもあり都心では希な緑の多い静かなたたずまいである。(Wikipedia)

by Twalking | 2012-01-29 11:14 | ○ノルディックウオーク

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○walk 44   

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“80歳”と伺い、いやびっくりしました。リズミカルな歩きでもう“凄い!”の一言です。
ノルディッツクウオーク神宮体験会

by Twalking | 2012-01-29 10:29 | ○walk

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ぶらり原宿~千駄ヶ谷   

やっぱり若者の人気スポットなんですね、原宿は。
なんだか圧倒されてしまいそうなので、避けるようにして
千駄ヶ谷への裏路地をぶらりと歩いてみました。

こちらの方が“年相応”て感じで落ち着けますね。
なかなかお洒落なお店も多くて目を楽しませてくれますし、
雰囲気もあって面白いところだなぁ~て思います。
“ぶらり”にはいい街ですよ。。


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東郷神社


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参道                       神門                       



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仙寿院

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明治通り・千駄ヶ谷小交差点界隈



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国立競技場



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資料ファイル

《東郷神社》
東京都渋谷区神宮前に鎮座。祭神は東郷平八郎命(とうごうへいはちろうのみこと)。東郷は1847年(弘化4)生まれ、薩摩(さつま)藩出身の海軍元帥。日露戦争ではロシア艦隊を破って名将とうたわれ、また明治・大正・昭和の天皇に奉仕し、国民的に敬慕された。1934年(昭和9)の没後ただちに設立された財団法人東郷元帥記念会の尽力で、府社として40年に創建。45年戦災で炎上、64年(昭和39)再興された。例祭は日本海海戦にちなみ、5月28日。(Yahoo!百科事典)

《千寿院》
千寿院(せんじゅいん、法霊山仙寿院東漸寺)は東京・千駄ヶ谷にある日蓮宗の寺院である。仙寿院は徳川家康の側室、養珠院(お万の方)ゆかりの寺社であり、養珠院が赤坂の紀州徳川家屋敷内に建立した草庵が始まりであるとされる。それが天保元年(1664年)、養珠院の実子で紀州徳川家初代・徳川頼宣によって現在地である千駄ヶ谷に移されたものである。仙寿院の境内、石段を上り詰めた本堂前の庭には、現在も養珠院の石碑が建っている。江戸時代、この地は谷中の日暮里に風景が似ていることから「新日暮里」とも称され、浮世絵や『江戸名所図会』にもしばしば登場している。また、桜の名所として知られ、桜の季節には遠方からも花見客が集まり、酒屋や団子・田楽の店などが現れて賑わったという。(Wikipedia)


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江戸名所図会 千寿院庭中 (わたしの彩(いろ)『江戸名所図会』から引用)


《原宿》
江戸時代以前は鎌倉街道の宿場町があった。後三年の役の際には源義家がこの辺りで軍勢を揃えたとも言われ、この坂は勢揃い坂(現在の神宮前2丁目)と呼ばれている。1582年の本能寺の変の際に徳川家康を堺から三河まで無事に帰国させた「伊賀越え」の行賞として、1590年に伊賀者に穏田村とともに原宿村が与えられた、という記述もある。江戸時代に入ると、甲州街道の南にある原宿には江戸の防衛のために伊賀衆の組屋敷が置かれた。また、安芸藩藩主浅野家の江戸屋敷(現在の神宮前4・5丁目)のほかに、数多くの幕臣の屋敷もあった。農民の暮らしはというと、渋谷川などでの水車による精米、製粉が中心であった。しかし、やせた土地であったために生産は上がらず、生活は苦しかった。そのために農民は雨乞いをよく行っていたという。丹沢の大山阿夫利神社や榛名山に日帰りで詣でた、という話も残されている。(Wikipedia)


《千駄ヶ谷》
かつてこの地に存在した東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町は、1932年(昭和7年)に東京市に編入され、渋谷町、代々幡町と合併して渋谷区を形成した。現在の新宿御苑内を水源とした渋谷川上流地区に位置し、たくさんの萱が生えていたこと、それを一日に「千駄(駄は馬に積む荷物の重さの単位)の萱」を積む事から千駄ヶ谷となった。もとは豊多摩郡千駄ヶ谷町大字千駄ヶ谷。昭和7年に千駄ヶ谷一丁目から五丁目まで起立。昭和43年千駄ヶ谷二丁目の南半分を神宮前二丁目に分離、原宿三丁目の北半分を千駄ヶ谷三丁目に編入。また千駄ヶ谷大谷戸町を千駄ヶ谷六丁目とし、さらに、代々木山谷町の一部および代々木外輪町の一部を千駄ヶ谷六丁目に編入。(Wikipedia)

by Twalking | 2012-01-28 23:20 | 東京散歩(新規)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○写真上達への道   

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by Twalking | 2012-01-28 22:56 | ○写真上達への道

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 多摩よこやまのみち01 多摩丘陵   

・・・・多摩川低地
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大栗川

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多摩川・大栗川合流地            川崎街道&関戸城址の丘 
大栗川(おおぐりがわ)は、東京都八王子市および多摩市を流れる多摩川水系の一級河川である。東京都八王子市鑓水付近を水源とし、東京都道20号府中相模原線(柚木街道・野猿街道)に沿って大きく蛇行しながら概ね北東に向って流れ、八王子市松木付近で支流の大田川を合わせる。多摩市に入り、多摩市和田の宝蔵橋付近で大きく東へ向きを変え、多摩市連光寺付近で乞田川を合わせた後、1 kmほど流れ、稲城市との境界付近で多摩川に合流する。(Wikipedia)


・・・・丘の下
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大谷戸公園

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春日神社                    ケヤキ(市天然記念物)
創建された年月は不詳であるが、春日神社鎮座地連光寺の地名は東鑑の治承五年四月(1177)に小山田三郎重成に武州多摩郡の内吉富並びに一の宮連光寺を所領に加えると記されているので、この頃すでに村落が形成され村が開けると同時に現在の地に社殿が建設されて、大和国奈良に鎮座する春日大社の神霊を移し祀り、本社の東南約一町に若宮八幡社、西南約三町を隔てて神明社を祀り、境外末社として三社相向合ってあたかも奈良の社に倣っていると古来から伝えられている(春日神社の由来碑)


・・・・丘の上
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旧多摩聖蹟記念館(都立桜ヶ丘公園)
旧多摩聖蹟記念館は、明治天皇の当地への行幸を記念して作られた施設で、1930年(昭和5年)11月に元宮内大臣の田中光顕が中心となり、当時の人々の土地の寄付や工事の協力などによって、現在の都立桜ヶ丘公園内に建設、開館された。聖蹟(聖跡)とは時の天皇が行幸した地の呼称で、他にも日本各地に「聖跡」と称する記念碑等が見受けられる。明治天皇は、明治10年代、30歳代の頃、連光寺の山や多摩川(現在の市立多摩中学校付近)にて兎狩や(明治14年・1881年2月)や鮎漁(同年6月)を行うため当地を訪れ、1882年(明治15年)2月、1884年(明治17年)3月を含め4回ほど訪れている。(Wikipedia)

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聖蹟桜ヶ丘&奥多摩山地を望む      愛宕の丘&高尾山稜を望む(谷戸の丘)


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馬引沢南公園

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よこやまの道(陸上競技場)         永山方面を望む(電車見橋)


《多摩丘陵》(たまきゅうりょう)
西は高尾山東麓から、南は円海山緑地、東は多摩川、北は浅川付近までにかけて広がる丘陵。多摩丘陵は旧武蔵国にあるが、南側の旧相模国の三浦半島に位置する三浦丘陵と地形的につながっているため、武相丘陵と呼ぶ人もいる。
この丘陵は、地質学的には砂層、泥岩層、砂礫層などからなる上総層群あるいは三浦層群と呼ばれる新生代第三紀末から第四紀洪積世に形成された地層からなる。東側は多摩川低地を挟んで武蔵野台地に、西側は境川を挟んで相模原台地に、北側は浅川を挟んで日野台地に接する。南側は東京湾に接している。最も高い場所は標高220メートル程度(八王子市南部)である。
武蔵国の国府のあった府中から観て「多摩郡(多麻郡・多磨郡)にある横<当時、東西を『横』、南北を『縦』と呼んでいた>に長い山」の意で、かつては「多摩の横山」とも呼ばれ、中世に興った武蔵七党の一つである「横山党」、江戸時代の八王子横山宿、旧南多摩郡横山村、武蔵横山駅などの名称の由来ともなった。また万葉集にも「赤駒を山野(やまの)に放し捕りかにて多摩の横山徒歩(かし)ゆか遣らむ」(東京都多摩市の南野の辺りが題材となっている)と詠まれている。古代にはこの万葉集の歌に詠まれたように防人の通り道となっており、古代東海道や鎌倉街道がこの丘陵を貫いている。(Wikipedia)

by Twalking | 2012-01-27 21:47 | たまのさんぽ道(新規)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 夕映え   

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by Twalking | 2012-01-27 17:30 | ○sun&moon

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○写真上達への道   

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by Twalking | 2012-01-27 17:21 | ○写真上達への道