無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 <   2012年 10月 ( 59 )   > この月の画像一覧   

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 秋の多摩丘陵 03   

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市立図書館付近/多摩市落合

by Twalking | 2012-10-31 14:27 | ○たま

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○Bird   

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ストレッチングかなぁ~?!
パルテノン多摩・きらめきの池

by Twalking | 2012-10-30 18:49 | ○Bird

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○写真上達への道   

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多摩中央公園・大池

by Twalking | 2012-10-30 18:20 | ○写真上達への道

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 秋の多摩丘陵 02   

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桜並木/乞田川

by Twalking | 2012-10-29 11:16 | ○たま

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 道中絵葉書   

ご案内したお客様がお撮りになった写真、
絵葉書にあつらえて記念に送ってくださいました。
いやぁ~、ほんと嬉しいですね、ありがとうございました! 043.gif


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日光街道(14)雀宮宿~宇都宮宿
2012.9.14

by Twalking | 2012-10-28 20:59 | 日光街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 甲州街道(11) 黒野田宿~勝沼宿   

日時 2014.10.27(土)
天気 曇り/晴れ

朝方、雨に見舞われたようですが歩きだす頃は大丈夫でした。
濡れ落ち葉を踏んで、木漏れ日に輝くもみじや沢の瀬音、
鳥の囀りに励まされながら街道随一の難所、笹子峠を越えました。

峠に立つと、やっぱり嬉しいですね。。
鞍部なので眺望は期待できませんが、分水嶺に立つ思いは一塩です。
今も昔も変わら難所、笹子峠を無事越えて、やれやれです。 042.gif

面白いですね、峠越え!
みなさん如何でしたかぁ~、楽しんでいただけたでしょうか?!
今日はお疲れさまでした、ゆっくり休んでくださいね。。  


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笹子峠


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峠見えてきました/笹子隊道手前

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景徳院山門


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記録
人数 28名
歩数 27800歩
時間 6時間

行程
新宿8:00⇒(渋滞)⇒大月IC10:00⇒笹一酒造(WC)10:30⇒新中野橋10:35
新中野橋10:50・・・旧道・・・自然歩道入口・・・中野茶屋跡・・・矢立の杉11:50・・・
旧道合流・・・笹子隊道坑口(小休)・・・笹子峠12:00・・・甲州市側坑口12:40・・・
登山道・・・清水橋13:20・・・茶屋跡・・・天狗橋14:05⇒道の駅大和(昼食)14:45⇒
景徳寺(参拝)15:15⇒天狗橋15:25・・・駒飼宿・・・鶴瀬宿・・・武田不動尊16:20・・・
横吹の里・・・柏尾橋・・・大善寺P16:55⇒勝沼IC⇒初雁PA(WC)17:20⇒
石川P(WC)18:30⇒(事故渋滞)⇒新宿19:40


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資料ファイル
《笹子峠》
山梨県大月市と甲州市(旧東山梨郡大和村)の境にある峠。標高1,096m。甲州街道の江戸と下諏訪のほぼ中間の、黒野田宿と駒飼宿の間にあたり、同街道の最大の難所と言われた。1880年(明治13年)明治天皇の山梨巡幸の際には、この峠の手前(大月側)で休息した(現在はこれを記念した「明治天皇御野立所跡」という石碑が建てられている)。1920年(大正9年)旧道路法の施行により甲州街道は国道8号(現在の国道20号)に指定されるが、笹子峠経由にはならず大月から富士吉田を経由して御坂峠を越える(現在の国道137号、139号)ルートになったため県道に降格される。1938年(昭和13年)峠の頂上のほぼ真下を貫く笹子隧道(全長:240m)が開通。1952(昭和27)年、新道路法制定に伴い国道8号が国道20号に変更された際に御坂峠越えから再び笹子峠越えにルートが変更される。1958年(昭和33年)には新笹子隧道(トンネル)(全長:2,953m)が開通したことで、国道20号はこの峠道を通らなくなり、峠道は山梨県道212号日影笹子線とされた。(Wikipedia)

《矢立の杉》
笹子峠の大月市側にある杉の木で、笹子峠を通って合戦に赴く武士が必勝を祈願して、この杉の木に矢を射ったことが由来と言われている。根周りは14.8m、高さは約26mで、幹の中は空洞になっている。 源頼朝もここを通った際に矢を射ったとも言われている。葛飾北斎、歌川広重(二代目)の絵にも描かれ、また現在では、この峠の名物でもある「笹子餅」にもこの絵が描かれている。(Wikipedia)

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中野茶屋・明治天皇御野立所跡     矢立の杉

《笹子隧道》(山梨県道212号日影笹子線)
全長 240 m、幅3.0 m、高さ3.3 m。国道20号の旧道のトンネル。入り口の額字には「笹子隧道」(実際の題字は右書き)と書かれている。県道はかつての甲州街道の道筋にほぼ沿っており、本来の笹子峠(標高 1,096m)の下をトンネルで通っている。 1938年(昭和13年) 開通。(Wikipedia)

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大月市側坑口(文化庁・有形文化財)   甲州市側坑口

《景徳院》(けいとくいん 曹洞宗)
山梨県甲州市(旧大和村田野)にある寺院。曹洞宗寺院で、山号は天童山、本尊は釈迦如来。地名から田野寺とも呼ばれる(『甲斐国志』による)。旧村域の中央を流れる日川渓谷の上流左岸にあたり、西には甲州街道が通る。日川渓谷のさらに上流の木賊には臨済宗寺院の天目山栖雲寺がある。天正10年(1583年)3月、甲斐国国主武田勝頼は織田信長・徳川家康連合軍の侵攻により甲府から移転した本拠であった新府城(韮崎市)を捨て家臣の郡内領主小山田信茂を頼り落ちのびるが、信茂の謀反に遭い天目山へと敗走し、武田氏は滅亡した。信長が横死して無主状態となった甲斐は最終的に徳川家康が領するが、家康は同年7月に勝頼と家臣ら殉死者の菩提を弔うため、田野郷一円を寺領として寄進し、寺院を創建している。広厳院(笛吹市)(旧東八代郡一宮町)から武田家臣小宮山内膳の弟である7世拈橋チョウ(人偏+長)因を招き、天正16年(1589年)には伽藍が完成した(『国志』、「景徳院文書」による)。天保年間(1830年 - 1844年)には火災が生じて主要伽藍を焼失し、弘化年間(1844年 - 1848年)や明治時代にも火災が生じている。(Wikipedia)

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甲将殿                     武田勝頼・北条夫人・信勝の墓

《天目山》
元は山中にあった木賊村より「木賊山」と称されてきた。南北朝時代の貞和4年/正平3年(1348年)、臨済宗の禅僧・業海本浄が木賊山を訪れた際にこの山がかつて元に留学した際に見た禅宗の名刹・天目山を髣髴させるとしてこの地に天目山護国禅寺を創建した。この寺が後の棲雲寺である。 この地は甲斐武田氏滅亡の地と位置付けられている。だが、同氏がこの山で2度滅亡したという事実は余り知られていない。応永24年(1417年)、室町幕府に追われた武田氏第13代当主武田信満が山中の木賊村で自害して甲斐武田氏は一時断絶する。そして後に再興された甲斐武田氏も165年後の天正10年(1582年)、織田政権に追われた武田氏第20代当主武田勝頼が山麓の田野村で自害して甲斐武田氏は滅亡したのである。ただし、前者の滅亡を伝えた『鎌倉大草紙』は「木賊山」、後者の滅亡を伝えた『甲斐国志』や『信長公記』は「天目山」という名称で伝えているため、名称の由来を知る者でなければ、二つの山が実は同一であるという事実に気付く者はほとんどいない。なお、信満が死んだ木賊の南側に隣接した麓に勝頼が死んだ田野が存在している。
〈応永の武田信満滅亡〉
応永24年2月6日(1417年2月22日)、室町幕府将軍足利義持の命令を受けた上杉憲宗の侵攻に加え守護代の逸見有直の謀叛にあった甲斐守護武田信満はこの地に追い詰められて山中で自害したという。信満は前年に鎌倉府に対して反乱を起こした上杉禅秀の縁戚であり、この反乱軍に加担して鎌倉公方足利持氏や上杉房方・今川範政らと戦って敗北して逃げ帰ったところ、武田氏の庶流で代々守護代を務めていた逸見有直が次期甲斐守護職と引換に持氏側に内応した。それを受けて上杉憲宗が討伐したものであったと『鎌倉大草紙』に伝えられている。棲雲寺には信満の宝篋印塔やともに自害した家臣達の五輪塔が存在している。なお、足利持氏は約束通り逸見有直を守護にしようとしたが、将軍・足利義持はこれを許さず、甲斐の管轄権を鎌倉府から取り上げて乱の時に京都にいたために捕らえられて出家させられた信満の嫡男道成を還俗させて次期守護にするように命じた。道成は武田信重と名乗って義持の命を受けた小笠原氏の支援で甲斐に帰国するものの、既に逸見氏が守護を自称してこれを排除し、以後甲斐は100年近くにわたる内紛の時代を迎えることになる。
〈天正の武田勝頼滅亡 〉
天正10年3月11日(1582年4月3日)、織田信長・徳川家康連合軍の侵攻に加え家臣の小山田信茂の謀反にあった甲斐国主武田勝頼が落ち延びる際に目指し、その後妻子と共に果てたと『甲斐国志』や『信長公記』に伝えられている。武田氏滅亡後に甲斐を領した徳川家康は、領民懐柔政策の一環として麓に勝頼主従の菩提を弔うため景徳院を建立している。付近には武田氏関係の史跡が点在し、景徳院の境内の勝頼親子3人の墓の近くには、勝頼の妻の辞世の句が刻まれた石碑が立っている。
『黒髪の 乱れたる世ぞ はてしなき 思いに消ゆる 露の玉の緒』
(Wikipedia)

by Twalking | 2012-10-28 11:31 | 甲州街道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○walk 76   

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いいですね!、峠越えのノルディック。。
甲州街道・笹子峠

by Twalking | 2012-10-27 22:08 | ○walk

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○写真上達への道   

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航跡雲
甲州街道・勝沼宿

by Twalking | 2012-10-27 21:50 | ○写真上達への道

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 東海道(7) 藤沢宿~茅ヶ崎 03 下見   

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永勝寺


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安養寺


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海蔵寺


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資料ファイル

常光寺

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弁慶塚                        野口米次郎辞世碑

野口米次郎辞世碑
『鐘が鳴る かねがなる これを即ち警鐘と言うんです
これが鳴ると皆ねます さぁみんな眠りましょう』
明治8年愛知県に生まれ、23年単身渡米、新聞記者となりのちに英国に渡る。詩集を出版するなど詩壇で活躍し、37年日露戦争の報道のため帰国、兄が住職を務める常光寺や鎌倉円覚寺に住した。慶応大学で教鞭をとり世界各地で日本文芸について講演、さらに日本で最初の英文出版「Kamakura」を出版したりして日本の文化文芸を紹介した。(藤沢市)


永勝寺

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本堂                         飯盛り女の墓

飯盛り女の墓
飯盛り女とは江戸時代、宿場の旅籠で給仕をする女として公認されたいたが遊女としての側面ももっていた。藤沢大鋸町では万延2年(1861)宿民のためとして一旅籠屋2名をおく許可を役人から得ている。このように供養されたものは少なく借金の形など苦界の中で身を沈めた者が多い中、小松屋の温情がしのばれる。(藤沢市)


ぼたもちちゃ屋

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牡丹餅立場(牡丹餅茶屋)
藤沢宿と平塚宿の間には四谷、牡丹餅、南湖、八幡の四つの立場ができました。牡丹餅立場はぼたもちが名物なのでそのように呼ばれていました。また、牡丹餅立場には紀州の徳川家が江戸屋敷と国元を結んだ専用の飛脚中継所である七里役所も設けらていました。(茅ヶ崎市)


海蔵寺

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佐々木卯之介供養碑                『拳闘こそわが命』/ピストン坂口の墓

佐々木卯之介供養碑
享保13年徳川幕府は柳島相模川河口より藤沢片瀬川に到る海岸一帯に相州砲術調練場を開設した。佐々木卯之介は大筒役といって大砲方役人であり砲練場の管理責任者であった。付近の住民は田畑は少なく貧困であった。立ち入り禁止の袍練場内の荒地を耕作し食料の自給を計っていた。佐々木卯之介はこれを黙認していたが、代官の検地によりこのことが発覚、天保6年八丈島遠島(青ヶ島)の刑に処せられた。村人はこの恩義を後世に伝えるため追悼記念碑を砲術場縁のこの地に建てる。この碑は青ヶ島墓地にあったものを佐々木家のご厚意によりここに移し供養碑として祀る。(茅ヶ崎郷土会)


〈あれこれ〉
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大庭城最中/御菓子処・丸寿

by Twalking | 2012-10-26 14:56 | 東海道(完)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○walk 75   

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お墓抜けて、どこにいくのかなぁ~・・・・?
下見風景/東海道・藤沢宿

by Twalking | 2012-10-25 22:22 | ○walk