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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 逗子駅   

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JR横須賀線逗子駅/逗子市


逗子駅

横須賀線は当駅始発・終着の電車が多い。特に日中ではエアーポート成田等毎時12本を除き全て逗子発着のため、東京方面と久里浜方面の双方へは当駅での乗り換えが必要となる。おはようライナー逗子・ホームライナー逗子や湘南新宿ライン(新宿駅経由の宇都宮線直通系統)の列車も当駅が起点・終点となっており、ここから久里浜方面は横須賀線の電車のみの運転となる。(Wikipedia)

by Twalking | 2015-05-31 15:38 | ○station

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 浦賀道 名越切通   

日時 2015.5.30(土)
天気 晴れ


真夏日ですね。
まんだら堂やぐら群が公開されていると聞きましたので、
鎌倉七口のひとつ名越切通を逗子側から鎌倉へ越え、
大町&小町当たりの寺社や旧跡を歩いてきました。

名越切通や祇園山ハイキングコースなどは森の中ですから
ひんやりとしていて空気が違いました。
尾根上の展望台から見る景色はなかなかのものですね。。。


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披露山の右手奥を目指します/逗子海岸

浦賀道
(うらがみち)
浦賀へと到る東海道の脇往還(街道)である。保土ヶ谷宿と戸塚宿より延びる2本の道があり、三浦半島各地へ向かうための交通路として利用されていた。浦賀街道とも呼ばれる。771年(宝亀2年)に武蔵国を編入するまで東海道は三浦半島から対岸の上総国へ抜けており、鎌倉~馬掘付近の経路は後の浦賀道(鎌倉道)と重なる。鎌倉時代には鎌倉から三浦半島へ通じる唯一の道として重要視されていた。また保土ヶ谷からの道は鎌倉時代に開かれたとされる。江戸時代に入ると江戸湾口に位置する浦賀が発展し、街道の重要度も増していく。江戸湾に入る船舶の監視を行っていた下田奉行が享保5年(1720)に浦賀へ移転すると、幹線道路として整備された。特に黒船来航など外国船がしばしば来訪した幕末は人馬の往来が盛んであった。保土ヶ谷宿から東京湾側の六浦湊、横須賀を経由する道と戸塚宿から相模湾側の鎌倉、葉山を経由する道があり、前者の六浦以北は金沢道、また後者は鎌倉道とも呼ばれた。(Wikipedia)


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311号を北へ、前方の尾根を越えて鎌倉に向かいます。

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横須賀線のトンネル上が切通です     小坪階段口から切通へ

小坪

律令時代に入ると畿内から常陸国に至る古東海道が開かれた。足柄峠から相模国に入った古東海道は、鎌倉から姥子台を越えて小坪に入り、さらに披露山を越えて現在の逗子市中心部を通り、三浦半島を横断して横須賀市の走水から海路で房総半島に渡ったものと考えられている。ただし、律令時代の官道は後の街道より広く直線的に建設されたと考えられており、旧小坪路と称される、現在も所々に残る細く曲がりくねった山道が古東海道の一部であったかどうかは異論が残る。下って治承4年(1180)の源頼朝の挙兵に際し、当時三浦半島に勢力を持っていた三浦氏の三浦義明、義澄親子は源氏方に付くが、緒戦の石橋山の戦いには大雨のために合流できず、三浦に引き返すところ、平家方の畠山忠重と遭遇し、824日この地で合戦となった。畠山勢が由比ヶ浜に、三浦勢が小坪峠に陣を敷いたこの合戦を、小坪合戦または小壺坂合戦と称する。貞永元年(1232)には、飯島崎鎌倉側に貿易港である和賀江島が築港され、一方で小坪は鎌倉に魚介類を供給する漁港として発展することになる。小坪には伊勢・志摩の商人や海女も移住し、その名残は旧小坪村の中心であった湾沿いの4地区(南町・伊勢町・中里・西町)の地名の中にも伺える。1250年頃には魚介類を扱う魚座(いおざ)が開設されていたとされ、以後、江戸から近代に至るまで、漁港として栄えた。また、小坪湾と逗子海岸を隔てる大崎上の披露山(ひろやま)は、鎌倉時代、将軍への献上物を披露する場所であったとも、あるいはそれを担当する役人の在所であったとも言われる。(Wikipedia抜粋)



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「第一切通」

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「第二切通」                    「第三切通」

名越切通(なごえきりどおし)
名越切通は、鎌倉から相模湾沿いに三浦半島を結ぶ交通路で『吾妻鏡』天福元年(1233)8月18日条にとして初めて登場し、明治時代になって直下を通る現在の横須賀線や県道のトンネルが開通するまで、長い間幹線道路として使い続けられた重要な道です。急峻な尾根を掘り割って造られた切通は、時代が下るにつれて通行しやすいように改修したり、地震等で崩れては復旧を繰り返しているため、鎌倉時代の姿そのものではありません。しかし、その周辺には横穴式の供養施設であるやぐらが150基も集中する「まんだら堂やぐら群」や死者を荼毘に付した跡など、中世の葬送に関する遺構が数多く分布するほか切通の防衛にも関係すると考えられる人工的な平場や大規模な石切場(大切岸)が尾根筋に見られるなど、古都鎌倉の周縁の歴史的景観をたいへん良く残しています。(逗子市教育委員会)

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JRトンネルの鎌倉側出口付近

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名越切通を振り返って               JR踏切(鎌倉側)から

(名越切通)
鎌倉市南東部から逗子市に抜ける道である。鎌倉七口のひとつに数えられる。名越切通は、鎌倉と三浦半島を結ぶ要路のひとつであり、戸塚宿から鎌倉を経て浦賀へ続く浦賀道の一部でもあった。切通を含む名越路(名越坂とも)は、より南側にある小坪路とともに、かつては鎌倉から三浦半島へ連絡する数少ない陸路であった。鎌倉側の地域名ともなっている「名越」の名は、この道が峻険で「難越」(なこし)と呼ばれたことに由来すると言われる。道はいくつかの小さな切通を経由しながら、逗子市小坪の谷戸の最奥部を巻くように進む。途中には、谷戸(京浜急行バス「緑ヶ丘」バス停付近)に下りる道もある。現在の逗子側出口は、切通し道に連なる尾根上が「亀が岡団地(逗子市小坪一丁目)」として開発されている。逗子側出口近く、逗子市の資料では「第一切通」と呼ばれる切通しは、名越切通の道筋にある複数の切通しのなかでも最も大きく深い。これが『新編鎌倉志』に記された「大空峒(おおほうとう)」ではないかと言われているが確証はない。また『新編鎌倉志』には「左右ヨリ覆ヒタル岸二所」とあるが、実際には小規模な切通しは数箇所あり、どれが「小空峒(こほうとう)」にあたるかは定かではない。「亀ヶ岡団地」の北側に沿って歩くと急坂を経て、切通し下の名越隧道ほかを抜けてきた県道311号鎌倉葉山線に出る。急坂下、県道の少し手前には再び庚申塔があり、この道筋が名越路の逗子側からの登り口であったことが判る。平成12年(2000年)に第一切通し部分で通路を横断する形で行われたトレンチ調査の結果、現在の路面のおよそ60cm下までに4度の道路補修跡が確認された。最下の60cm下の路面上から18世紀後半以降の焼物片が発見され、少なくとも江戸時代半ば以降、現在より低い位置を通る道が崖面からの瓦礫等で埋まりかさ上げされてきたことが判明した。また、第一切通のもっとも狭まった部分は道幅が約90cmしかなく、しかも崖面が斜めになっているために人一人がやっと通れる程度で、切通しの防衛的性格の表れであると評されることも多いが、これも平成16年度(2004年度)の崩落防止工事に伴う調査で、かつては270cm以上あった道幅が岩塊の崩落で狭まった結果であることが確認されている。一方で平成21年度には、現在の第一切通より逗子寄りにある、現在の切通し道より約5m高い平場で15世紀以前のものと考えられる細い掘割り道の遺構が発見されており、こちらが中世の名越切通の本道であった可能性も指摘されている。また、第一切通の現路面から約8m上の崖面に崩れかけたやぐらが発見されており、これも当初の路面がかなり高い位置を通っていた傍証とされる。(Wikipedia抜粋)


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やぐら                全景/展望台

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駿河湾展望/展望台

まんだら堂やぐら群期間限定の公開
やぐらは、鎌倉とその周辺地域に見られる特殊な遺構です。まんだら堂やぐら群は、150穴以上が集結して造られており、やぐら群として最大級の規模を誇ります。明確な文献資料がなく「まんだら堂」とは何なのか、いつどのように造られたのか等は不詳ですが、整備に先駆けて実施した発掘調査の結果、やぐら内部に石塔を据えて納骨・供養する施設として13世紀後半頃から造られ始め、おおむね15世紀いっぱい(部分的には16世紀まで)行われていたと考えられます。これだけまとまった数のやぐらを見ることのできる遺跡は鎌倉市内にもほとんどなく、たいへん貴重です。(逗子市教育委員会)

d0183387_12584132.jpg火葬跡

この場所の70cmほど地下で、岩盤を四角く掘った穴が2基発見されました。穴の内側は黒く焼け焦げており、ここで遺体を火葬したと考えられます。やぐら群の前の平場では、火葬の痕跡が多く見つかっていますが、その多くは楕円形で浅い皿形をしていて、このような四角い形の火葬跡は比較的珍しいものです。(逗子市教育委員会)



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お猿畠の大切岸
お猿畠の大切岸は、800m以上にわたって 高さ310mの断崖が 尾根に沿って連続する壮大な遺構です。従来、鎌倉幕府が三浦一族の攻撃に備えて守りを固めるため 切通の整備と併せて築いた防衛遺構だと言われてきましたが、平成14年度の発掘調査で大規模な石切作業の跡だということが確認されました。これによって 鎌倉防衛の役割が完全に否定されたわけではありませんが、鎌倉では1415世紀の建物の基礎などに切石を大量に使用しており、ここはその頃の石材生産地だったと考えられます。なおお猿畠という地名は、鎌倉を追われた日蓮が この付近で三匹の白猿に助けられたという伝承に因むものです。(逗子市教育委員会)


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国指定史跡名越切通 あんない図(逗子市)

by Twalking | 2015-05-31 15:17 | 鎌倉散歩(新規)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 逗子の富士   

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ちょっと霞がかかっていますが、綺麗に見えましたぁ~。。。
逗子海岸/逗子市

by Twalking | 2015-05-30 22:17 | ○富士

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 多摩センター駅   

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小田急多摩センター駅
多摩市落合


多摩センター駅

開発以前における駅の設置箇所周辺は南多摩郡多摩村大字落合に属し、下落合、山王下、中沢、中組といった小字の丘陵地谷戸部に集落が点在する純農村だった所である。その谷戸部に沿って多摩川に注ぐ乞田川が大きく蛇行して流れていたが、土地区画整理事業による開発が行われ、この小川を水捌けの大きい直線状に改修し、同時に並行する幹線道路が新設された。そして元来起伏があった地形に切土で所要の広さの平地を造成し、そこに駅が建設された。駅名は駅南側が多摩ニュータウンの「都市センター」地区として位置付けられ、複合した都市機能を有する商業・業務・文化的中心地であることから「多摩センター」となる。“多摩センター”と称する機関や施設がある訳ではない。(Wikipedia)

by Twalking | 2015-05-29 11:01 | ○station

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 真夏日   

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乞田川/多摩市落合
5月なのに、真夏日でしたね。でも、いい風吹いてま~す。。。


by Twalking | 2015-05-29 09:54 | ○たま-2015

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 タイサンボク   

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タイサンボク
多摩市愛宕
お~、咲いたね、泰山木、待ってたよ~!


タイサンボク
泰山木
モクレン科の常緑高木。北米中南部原産。花期は57月頃。葉の表面には光沢があり、裏面は毛が密生しており錆び色に見える。日本では公園樹としてよく植栽される。放置すると樹高20m以上にもなるが、よく分枝して剪定にも耐えるため、庭木として植えるところも多い。タイサンボクはアメリカ合衆国南部を象徴する花木とされ、ミシシッピ州とルイジアナ州の州花に指定されている。(Wikipedia)


by Twalking | 2015-05-28 14:47 | ○Flower

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○写真上達への道   

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瑞泉寺山門
鎌倉市二階堂紅葉ヶ谷

by Twalking | 2015-05-28 13:47 | ○写真上達への道

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 テッセン   

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テッセンかなぁ~。
鎌倉市二階堂


テッセン
(鉄線)
キンポウゲ科センニンソウ属のつる性植物。鉄線葛、鉄線蓮とも呼ばれる。また、クレマチスを指して「テッセン」と呼ぶこともある。花は白色で、4cmほどのがく片が6つある。越冬させることができる多年草である。原産地は中国で、鉄線蓮と呼ばれており、日本でも別名として使われる。(Wikipedia)


by Twalking | 2015-05-28 10:45 | ○Flower

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 武蔵小杉駅   

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湘南新宿ライナー
JR武蔵小杉駅/川崎市中原区


武蔵小杉駅 
川崎市中原区小杉町
にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京急行電鉄(東急)の駅である。JR東日本の駅には一般列車としては南武線・横須賀線・湘南新宿ラインの3系統が乗り入れる。駅名は南武鉄道の駅が開設される際に地名を採ったものであるが、北陸本線(現・あいの風とやま鉄道線)の小杉駅と区別するために旧国名を冠して武蔵小杉とした。小杉は江戸時代には中原街道の小杉宿として栄えていた。(Wikipedia)

by Twalking | 2015-05-27 15:44 | ○station

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 金沢八景駅   

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京急金沢八景駅/横浜市金沢区
名前はよく聞きますが、降りるのは初めて。ここは武蔵国だったんですね~、昔は。峠越えで相模国に向かいま~す。。。

by Twalking | 2015-05-27 10:51 | ○station