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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 walk 139   

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ロケット公園/多摩市愛宕
晴れてきましたね、お出かけでしょうか・・・、気つけて~!

by Twalking | 2016-05-31 13:14 | ○walk

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 鴨居駅   

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鴨居駅/緑区鴨居町
車窓から眺めるこの辺一帯の風景は変化があって楽しめますね~。。。


鴨居駅

横浜市緑区鴨居一丁目にあるJR東日本横浜線の駅である。駅から鶴見川を挟んで北側の都筑区南部に工場が多数あり、駅と人道橋で連絡している。また、駅のホーム端から八王子寄りに約50mのところに線路を跨ぐ形で鴨池大橋が通っている。日本電気(NEC) 横浜事業場跡地には神奈川県内で最大規模のショッピングセンター・ららぽーと横浜が建設され2007年に開業した。


by Twalking | 2016-05-30 21:58 | ○station

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 鶴見川(4)小机~末吉01 小机   

日時 2016.5.28(土)
天気 曇り

曇り空、写真にはちょっとですが、歩くには丁度いいですね。
この一帯は広い沖積平野、右岸の丘に沿って町並みが続き、
やがて新横浜のビル群が見えてきます。

低地にせり出した丘に小机城がありますが、竹林が見事で
土塁・空堀など大事に保存されていて見応えがあります。
遊水地は広いですね~、ここからの景観は抜群です。


・・・小机(港北区)


古くは橘樹郡小机村。明治22年市町村制施行、小机村、鳥山村、岸根村、羽沢村、下菅田村、三枚橋村、片倉村、神大寺村、六角橋村の九か村を合併して小机村と称し、その後大字小机となった。明治25年「城のあった郷」すなわち城郷(しろさと)村と改称。昭和2年横浜市へ編入、橘樹郡城郷村大字小机から新設。(港北区)

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土曜日の早朝、まだ街はひっそりとしてますね~/小机駅前(横浜上麻生線)



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三会寺仁王門


d0183387_16390785.jpg三会寺(さんねじ)/ 鳥山町

高野山真言宗の寺院で山号は瑞雲山。承安年間(11711175)に源頼朝が佐々木高綱を奉行を命じ、鎌倉幕府の鬼門除けとして建立したと伝わる古刹、本尊は秘仏弥勒菩薩像です。旧小泉領33観音霊場第2番(子年開帳)。中興第7代住職・印隔法印の墓は横浜市地域文化財に登録されています。(小机緑と歴史を訪ねて・港北区)


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「臥龍山」の扁額ががかかる通用門


d0183387_09045616.jpg雲松院/小机町
関東管領山内上杉家の土豪矢野兵庫助の居城といわれている小机城は、文明10年(1478)に扇谷上杉家の家宰太田道灌に破られてから廃城となっていましたが、大永4年(1524)頃小田原北条氏の勢力圏に入り、南武蔵の軍事上や、経済上の重要起点として修築され、重臣笠原越前守信為を城代としました。信為は、父能登守信隆の追善のために、季雲を招いて開山とし自らが開基となり曹洞宗寺院・臥龍山雲松院を建立しました。その昔、この地に龍池という池があり、二世天叟がこの龍の住む池にちなみ山号を臥龍山とし、伽藍を建立したという説が「臥龍山雲松院起立記」にあります。山門横の通用門には月舟宗胡筆の「臥龍山」、本堂正面には東皐心越の「雲松院」の額があり、共に名僧の誉れ高い禅師の筆になるものです。墓地には笠原家代々の墓所ならびに池辺村の地頭門奈氏墓所があります。(横浜市国際観光協会・横浜市教育委員会)

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雲松院本堂

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雲松院本堂及び山門

雲松院は小机城主であった笠原越前守信為が亡父能登守信隆の菩提を弔うために建立したと伝えられ、寺名は開基信為の法名「乾徳寺殿雲松道慶庵主」に由来するとされています。本堂は正面九間、側面七間、方丈形式の堂々たる堂で、内部は八室からなり来迎柱二本と仏間と室中境の柱二本を除くすべてのはしらは角柱で、住宅風のしつらえとなっています。屋根は昭和30年代に茅葺を改めたものです。山門は本瓦葺の四脚門で、昭和30年代に茅葺から改められましたが、屋根以外はほとんど改変が認められません。本堂は関東大震災で大きな被害を受け改造された部分はありますが、全体としては旧状をよく留めており、建造年代も明確で緑に囲まれた優れた環境と相まった市内有数の貴重な遺構です。(横浜市教育委員会)


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江戸名所図会 小机城址・雲松院(わたしの彩(いろ)『江戸名所図会』から引用)


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本法寺楼門/小机町

d0183387_16473238.jpg本法寺

日蓮宗の寺院で山号は長秀山。天文8年(1539)綱島に開山し鶴見川河畔を経て江戸時代初期に現在へ移転した。見所は楼門、石造龍吐手水鉢、俳画塚です。(小机緑と歴史を訪ねて・港北区)


d0183387_16473581.jpg石造龍吐手水鉢(横浜市指定有形文化財)
手水鉢は水穴の底にわだかまる龍と、側面に胴体をからませて首をもたげる龍を鉢と一石彫成し、上方の龍の胴体に菅孔を通して龍口から水を吐く構造になっています。すべてを一石彫成したこの手水鉢は、巨石材を用いた大作であり、意匠性にすぐれ伝統的石彫技術を誇る近代石造物の優作として貴重です。(横浜市教育委員会)



・・・小机城址市民の森

港北区の南。本丸・二の丸・空堀・土塁などがほぼ原型で残された小高い丘。中世の城郭を利用した市民の森はここだけ。小さなアップダウンの多いうっそうとした雑木林や見事な竹林が、戦国の世を思い起こさせる。うずまき状の小山のてっぺんの富士仙元からは、ぐるりとあたりを見回せて、一国のあるじの気分。アプローチの家々も、さすがに古く趣があり、時代劇ファンならずとも雰囲気ばつぐん。面積:4.6ha 散策路延長:
1000(横浜市)

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丘陵下は横浜線のトンネルが潜り、背面には第三京浜が通ります/小机駅


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本丸跡

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城山踏切からの景観          市民の森入口

小机城について
築城の年代は明らかではありませんが、おそらくこのあたりがひらけた12世紀以降ではないかと思われます。その頃は、このあたりは上杉氏の勢力下にあり西方にはその支配下の榎下城があったことから、それとかかわりのある城と思われます。その後、山内上杉家の家臣長尾景春が家督争いに端を発して反乱を起した時、景春に見方した矢野兵庫助らが城にたてこもり、北方の亀之甲山(現在の新羽町亀ノ子橋付近)に帯陣した上杉方の大田道灌の率いる軍と戦いました。城は文明10年(1478年)に攻め落とされ、上杉氏もやがて北条早雲に追われ、小田原北条の領地となり、40余年間廃城となっていました。大永4年(1524年)一族の北条氏堯の城となり、笠原越前守信為を城代として再興しました。小机は地理的に江戸・玉縄・榎下などの諸城を結ぶ位置にあり、この地は以後軍事・経済の両面で極めて重要な役割を果すことになります。豊臣秀吉が小田原城を攻め落し、やがて小田原北条氏が亡び、4代目城主の弥次平衛重政が徳川家の家臣として二百名の知行を与えられ、近くの台村(緑区台村)に住むことになり、小机城は廃城、その歴史を閉じることになりました。(説明板)

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小机城想定図
(赤:歩行ルート 黄緑:第三京浜 紫:横浜上麻生線)

小机城の縄張
半島形の突出た丘陵の上部を大きく平に削り、一列に三つ程度の曲輪を置き、その並んでいる曲輪の側面に腰、帯曲輪を築きます。また、城郭全体を二重の土塁を空堀でぐるりと巡らす縄張で後北条氏特有の築城法といえます。類例より後北条、後半の築城方式で、東京都、埼玉県など戦国期の丘陵城郭の多くがこの型で県下では茅ヶ崎城も典型といえます。(説明板)

縄張と曲輪
縄張とは目的が定まった地が決定した後、その広さを決定し曲輪の位置、道のつけ方、門の開き方、水の便などを定めることであります。この地取と縄張を総称して「城取」といい、城取は武士がおこないました。曲輪とは城を構成する区画、即ち削平された地、それぞれ防備地帯、兵営の場、館の立地される場をいいます。(説明板)

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孟宗竹に包まれた散策路


中世の城について
中世(9世紀から15世紀)に築かれた城は天然の地形を利用し、小机城で理解できるように半島状に突き出た丘陵や台地の先端部を城地したものが多く、その設備も櫓、木柵などのほか小規模な土塁や空堀の伴う程度で、居館・住館は多くは城外にありました。横浜市内には小机城の他、青木城・榎下城・馬場城・荏田城などがあったと言われていますが、調査されたものは榎下城だけで、その他についてはかっての城の位置が推定される程度で、その実態は明らかではありません。また、中世の城郭は近世に築かれた大規模な「城」とはその機能・性格が異なるものと考えられ、城郭史の上でも比較的未開拓の分野と言われています。(説明板)


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空堀/本丸手前
堀は土塁とともに城の守備・攻撃のための重要な施設で、人工的に作られるものや地形を利用したものがあります。この堀は水をはらない堀で空堀と呼ばれ、水をはる為に堀勾配のゆるい水堀よりも堅固な施設と言えます。(説明板)


d0183387_23235158.jpg本丸
本丸は一城の中心になり主将のいる所で、合戦中には戦闘の指揮が置かれます。縄張りを行う時、最も防備に主点が注がれます。城祉の調査等実績の少ない小机城については、現在地が本丸跡とは断定できません。(説明板)


d0183387_23280056.jpg矢倉跡








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空堀/本丸先
本丸跡の防備と敵の攻撃に対抗するための堀で、この城址では堀上部の幅12.7m、堀底の幅5m、深さは12mからなる水をはらない空堀です。空堀の堀幅や深さはまちまちですが、調査によると中世の山城は3m、平山城は9~12mがその平均の堀幅になっています。(説明板)


d0183387_23523337.jpg土塁

土塁は堀と共に城の防備や攻撃に重要な施設で、堀を掘った土で築き上げた防備壁を言います。土塁の基底幅は5m、上底幅は2.5m、高さは2mです。一般に中世初期に築かれた城の土塁は塁線に屈曲がなく、塁の上もしくは外のりには、必要に応じて柵・塀・逆茂木を設けています。(説明板)


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櫓台

櫓は矢蔵すなわち兵庫や、高櫓・井楼と呼ばれる「火の見やぐら」のような見張台を言います。そして、近世初期(15世紀から16世紀)の城郭の天守閣の一源流とも考えられます。天守のない時代に展望を目的とした櫓台があったと思われます。(説明板)

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二の丸

現在地は二の丸と呼ばれていますが、資料不足のため明確に二の丸と断言できません。二の丸は本丸を直接守備する役割があり、縄張のとき本丸の守備や防備にも主点が注がれます。(説明板)
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散策路は左手から登り、一周して元の場所に戻ります



・・・新横浜公園/小机町


横浜市港北区にある都市公園(運動公園)である。横浜市内で最大の運動公園であり、約72,000人を収容できる横浜国際競技場(日産スタジアム)のほか、プール、野球場、テニスコートなど様々な運動施設が設置されている。また、鶴見川多目的遊水地を兼ねており、鶴見川が氾濫した場合は遊水地として機能する。
Wikipedia

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大昔は海だったそうですが、こんな風景だったんでしょうか/新横浜公園(遊水地)

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対岸には北線を建設中         亀之甲橋を渡ります 

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日産スタジアム


d0183387_11121023.png横浜国際総合競技場

建設省関東地方建設局が1984年(昭和59年)に事業着手した「鶴見川多目的遊水地整備事業」に、横浜市が共同事業者として「横浜総合運動公園(現・新横浜公園)整備事業」として参画し、その中核施設として建設された施設である。日本国内最大の72,327席(二層式)の観客収容能力を誇る屋外多目的競技場である。建物高さは最高51.96m、軒高43.86。日産自動車(横浜F・マリノスの親会社)が命名権(ネーミングライツ)を取得しており、2005年より「日産スタジアム」(略称「日産ス」)の呼称を使用している。Wikipedia

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鶴見川の風景① 広い遊水地と比べると可愛い流ですね/亀之甲橋


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新横浜公園案内図



・・・新横浜


港北区にある新横浜駅を中心とする地域及び地名である。広義には、新横浜北部地区・新横浜長島地区・新横浜南部地区、大豆戸(まめど)町の環状2号沿いも含む。新横浜区域は横浜市における都心(ツインコア)の一つである新横浜都心に指定されている。都心としての新横浜には、上記3地区に城郷地区(小机駅周辺地区)、羽沢地区(羽沢駅(仮称)周辺地区)、新羽地区(新羽・北新横浜駅周辺地区)が加わる。新幹線が開通する前は横浜市内最大の水田地帯で、鶴見川を中心に鴨居・川和方面から小机、新羽、岸根、大倉山方面に至るまで一面の田畑が広がっていた。
Wikipedia

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鶴見川の風景② 新横浜大橋、右岸の新横浜と左岸の新羽町を結びます/
亀之甲橋


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首都高速神奈川7号横浜北線

横浜市都筑区から鶴見区に至る首都高速道路の建設中の路線である(2016年度供用開始予定)。横浜市を環状につなぐ横浜市環状道路の一部。事業計画は横浜市道高速横浜環状北線Wikipedia


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鶴見川の風景③ 右から鳥山川を合わせ左に大曲します/新横浜大橋

鳥山川
鶴見川水系の支流である。横浜市神奈川に源を発し北東に流れる。横浜市港北区を流れて大豆戸町で鶴見川に合流する。寛文年中、現在の太尾堤緑道の部分が掘削され太尾橋(太尾河岸)で鶴見川と合流。 昭和30年代大豆戸町で合流するように改修。跡地は太尾堤排水路となる。昭和47年太尾堤排水路を埋立てられ、公園として整備される。Wikipedia


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現合流地               旧流路(太尾堤緑道)

太尾堤緑道

太尾堤緑道は昔、太尾堤排水路(烏山川)でしたが下水道整備により埋め立てて緑道に整備されました。春には桜のトンネルが続きます。ここは平成元年に市制100周年事業として行われた彫刻展の8点の作品が展示されています。源流から29.7km、河口から12.8km(バクの案内板)


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鶴見川の風景④ 左岸に綱島台、右岸には太尾見晴の丘公園が見えます/新羽橋

新羽町(にっぱちょう)

東端から南端にかけて鶴見川が流れる沖積平野であるが、西端は多摩丘陵にかかっている。港北ニュータウンの開発以前から住宅・工場などが進出してきていた。史料に「新羽」の名が現れるものとして鎌倉時代の正応3年(1290)に「武州新羽郷」の所領の相続をめぐり相論となったことが残っている。また、道興准后が当地に立ち寄ったことが『廻国雑記』に残されている。江戸時代の当地は都築郡新羽村であり、天領や複数人の旗本領に分割されていた。「にっぱ」の「ハ」は「山の端」を意味すると考えられている。Wikipedia

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バクの案内板 源流から29.7km 河口から12.8km



by Twalking | 2016-05-30 20:59 | リバーサイドウオーク(新規)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ○写真上達への道   

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大倉山記念館
横浜市港北区大倉山2丁目
吹抜けの天井が黄金色に輝いてます、重厚な素晴らしい建物ですね~。


横浜市大倉山記念
館昭和7年に大蔵精神文化研究所の本館として建造され、昭和56年に横浜市に寄贈、改修を経て昭和59年に横浜市大倉山記念館として開館しました。ギャラリー、ホール、会議室、図書館を持つ施設で地域に密着した催し物が多数行われ、市民に親しまれています。(バクの流域ワンダーランドパンフ)

by Twalking | 2016-05-30 10:55 | ○写真上達への道

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 西の空   

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西の空
多摩丘陵/多摩市
群青の空、好きなんだけど、雲に覆われてきましたね・・・、明日は雨かな~。。。

by Twalking | 2016-05-29 22:01 | ○雲

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 スモークツリー   

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スモークツリー
愛宕下通り/多摩市愛宕
なんだかもじゃもじゃと、面白い木ですね~。。。


スモークツリー

ウルシ科。南ヨーロッパからヒマラヤを経て中国に至るまでの広い範囲に分布する落葉性の樹木で、樹高は4m5mになります。雄株と雌株がある雌雄異株の樹木です。5月~6月に径3mmほどの小さな淡緑色の花を穂状たくさん咲かせ、咲き進むと紫色を帯びます。花後、雌株は不稔花(タネを結ばない花)の軸部分(花柄)が長く伸びて羽毛のようになり、花穂の見た目がもふもふした感じなります。スモークツリーの名前は、この開花後の花穂が煙のように見えるところに由来します。和名のハグマノキ(白熊の木)はその姿をハグマ(ヤクのしっぽの白毛)で作られた仏具の払子(ほっす)に見立てたものです。果実が風に乗ってより遠くに飛ばされるように、花柄が羽毛状に伸びるとも言われています。雄株は花穂がもふもふになりません。園芸で一般的に栽培されているのは鑑賞価値の高い雌株です。(ヤサシイエンゲイ)

by Twalking | 2016-05-29 17:29 | ○Flower

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 上之根公園   

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ベンチ
上之根公園/多摩市愛宕
この木陰のベンチ、落ち着くんだけど・・・、“やぶ蚊”が難点かな~。。。

by Twalking | 2016-05-29 12:43 | ○たま-2016

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 石像/師岡熊野神社   

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あれ、1円のってる・・・、ちと軽いよね~、狐さん。それともなにか意味あるのかな~??
師岡熊野神社/横浜市港北区師岡町

by Twalking | 2016-05-28 22:46 | ○石像&モニュメント

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 小机駅   

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小机駅/横浜市港北区


小机駅

横浜市港北区小机町にあるJR東日本横浜線の駅。隣の鴨居駅との間の距離は約3.1kmで横浜線の中で最も長い区間である。駅の西側にある城山トンネルの上にこのあたりを治めていた小机城の跡があり「小机城址市民の森」として整備されている。横浜国際総合競技場へ続く北口は住宅街であり、商業施設は皆無である。南口の横浜上麻生道路には昔ながらの商店街とコンビニエンスストアが存在する。Wikipedia


by Twalking | 2016-05-28 20:53 | ○station

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 お月さん   

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あれ、お月さん、おやすみ~!
多摩丘陵/多摩市
2016.5.28.(土)00:12

by Twalking | 2016-05-28 00:59 | ○sun&moon