無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 鎌倉街道上道(10)嵐山~赤浜03-今市   

日時 2018.1.19(金)
天気 晴れ


市場川と別れ今市の辻へ、ここは寄居町になります。
県道ですが、町並みに昔の宿場の面影が残りまし、
兒泉神社脇の「古道跡」と思われる道もいいですね。

今市からは改良された道でしたが、塚田の三島神社から
普光寺
周辺は古道跡が残っています。
案内図に従って山王坂を荒川に下りました。

荒川橋、花園橋は思い出深い所、懐かしいです。
暗くて渡しの位置は確認できませんでしたが、
次回の宿題、交通の便を考えて男衾駅に向かいました。


・・・今市(寄居町)

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街道の風景① 市野川沿いに前方の森(兒泉神社)方向へ向かいますが、道は消えているようです/稲荷橋手前

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稲荷橋を右折して県道へ             坂下に庚申塔

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街道の風景② 坂上の「今市の辻」を左折、この辺りから「今市宿」でしょうか/今市地蔵前

今市宿

川越・児玉往還にあった宿場。現在の埼玉県大里郡寄居町大字今市の今市交差点周辺が該当する。Wikipedia


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今市地蔵堂
北条政子ゆかりの地蔵尊で、鎌倉時代政子の願いにより当地の桜の木で彫刻された一体地蔵尊(関東一)として、病の平癒や子育て安産などの信仰が昔から伝えられています。(男衾の見どころ)

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木造地蔵菩薩立像
像高3.14m、室町時代の作と推定され、寄木造で玉眼を施してあります。頭の部分がなめらかに仕上げられていますが、これは地蔵菩薩像に特有なもので「円頂」という形状です。木造の地蔵菩薩像の中でもこれほど大型の物は珍しく県内でもあまり例がありません。また、現在は子育て地蔵として厚い信仰を受けており遠方からの参拝者も数多くみられます。(寄居町教育委員会)



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外側の板碑              「鎌倉街道」の案内板(内容は同じ)
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高蔵寺山門/今市

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高蔵寺
天台宗比叡山延暦寺の末寺。ご本尊は阿弥陀如来。開基は江戸時代、柳沢兵部丞信俊による。柳沢吉保の祖父。武蔵十三仏霊場第11番札所になる。山門の赤色は延暦寺と同じで特別の門となります。春は桜が見事です。(男衾の見どころ)


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十三仏                閻魔堂

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兒泉神社鳥居/今市

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兒泉神社(こいずみじんじゃ)
社伝によると当社は、物見山の尾根続きの地にこんこんと湧き出る泉に坐す神を児泉明神として祀ったことに始まる。また、口碑によれば鎮座地は初め明神台という地であったが、江戸期別当を努める天台宗高蔵寺住職が祭祀及び氏子の参拝の便を図り、寺の西100mほど離れた現在地に社を移したという。明神台の地については現在どこを示すのか明らかでないが、物見山の麓の泉立寺近辺が、かつて湧き水がよく出た地であったことからこの辺りにあったことが考えられる。当社には児泉明神の本地仏として十一面観音菩薩像が祀られていたが化政期(180430)高蔵寺に移されている。現在、本殿には白幣を奉安している。「明細帳」によると明治455月に字冬住の冬住神社、字富士山の浅間神社、字天神原の天神社の無格社三社を合祀している。(埼玉の神社)

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境内の脇に残る「旧道跡」稲荷橋からここへ繋がっていたようです。この先は消えています

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川の風景① 市野川は上流の小丘に沿って大きく蛇行して流れます/兒泉神社先

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この原を薬師堂へでしょうか       八阪浅間神社

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街道の風景③ 県道に戻った右手に「高見原古戦場跡」の標柱が立ちます/今市

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「高見原古戦場跡 慰霊首塚 長享2年(1458)」の標柱とお堂

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薬師堂/今市
小さな薬師堂には室町時代の薬師如来像が祀られています。石塔群は「百万遍供養塔(寛政2年・1790などの石塔と如意輪観音です。

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交差する道も古い道です        観音堂を右折します


・・・塚田/寄居町

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街道の風景④ 改良された道ですが左手の森が三島神社になります/塚田

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左手の森に古道跡があるようです    右手に庚申塔

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三嶋神社鳥居/塚田

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三嶋神社
この神社に伝わる鰐口は「武蔵国男衾郡塚田宿三嶋宮鰐口応永2年(1395)乙亥327日」とあります。塚田は金井(坂戸市)小用(鳩山町)と並んで中世に鋳物業が盛んであったと伝え、この鰐口も地元在住の鋳物師によって造られたものだそうです。ところで鰐口とはどんなものかご存知でしょうか。神社の社殿やお寺のお堂の前の参拝所の軒下に吊る綱を振って打ち鳴らす円盤状の金鼓です。(男衾の見どころ)

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県指定文化財 鰐口
この鰐口は鋳銅製で直径19.9cm、厚さ6.9cmを測り、上部左右に耳(釣手)中央両脇に目を配置し、下半部側面には唇状の張り出しがめぐる。また鼓面の膨らみが低平で肩の張りも水平に近く、目や唇も薄く造られており総じて古格を示している。鼓面外区の左右に「武蔵国男衾郡塚田宿 三嶋宮鰐口 應永2乙亥327日」の銘文が刻まれており、この銘文から中世の鎌倉街道上道の宿駅であった塚田宿の三嶋神社に伝来したもので、応永2年(1395)に奉納されたこと、当時すでに塚田が「宿」と呼ばれる集落を形成していたことなどが分かる。さらに、当時この地に「道禅」を代表する塚田鋳物師の存在が知られており、この鰐口も様式・技法などから道禅もしくはその工房によるものと考えられる。この鰐口は県内にある室町初期の稀少なものの一つであり、室町期の形成を確立しようとした基準的作例といえる。(埼玉県教育委員会・寄居町教育委員会)

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川の風景② 前方は男衾駅あたりでしょうか、橋を渡って左折すると普光寺です

吉野川

埼玉県大里郡寄居町・深谷市を流れる荒川水系の一級河川。寄居町富田の丘陵に源を発し、荒川右岸河岸段丘上を比企丘陵の北斜面より流れる小河川を合流して次第に流量を増しながら東へ流れる。途中寄居町赤浜新吉野川を分流する。深谷市本田で向きを東向きから北向きに変えて荒川右岸に自然合流する。明治初期まではそのまま東へ流れ、現在の和田吉野川へと続いていた。Wikipedia


・・・赤浜

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普光寺山門/赤浜

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普光寺
当山は天台宗に属し当町内50数寺中最古の寺である。享保4年の記録に山王社、稲荷社、鬼子母神、観音堂再建とあるも、神仏分離により観音堂を除き三嶋神社に移される。山門は天保3年、玄関は同121841)年建立。同余村で大衝立が作られたものと思われる。(説明板)

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境内の石碑群

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中央の古塔は明治23年中庭を造成中に発掘されたもので「大同4809)年 開山慈門」とかすかに読むことができる(説明板)

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この板碑は昭和8年畑造営のため旧境内地であった鬼子母神塚、前塚田兜塚より出土したもので、最古の板碑は文永21265)年に造られており町内では「谷津大日堂板碑」に次ぐ古いものである。鎌倉街道往来中、病没した行路者を埋葬供養したものと思われる(説明板)

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鎌倉街道
当寺境内東端に鎌倉街道の遺蹟が現存する。この街道は「上の道」と称され、上州信州を結ぶ要衝で境内を通ったため旧来の道幅で遺されている。これを北行すれば荒川に至る。この坂を山王坂と称し、その昔伝教大師が開かれた比叡山に倣い山王権現を祀った名残である。荒川の渡しを「山王の渡し」と称し、大沢半左衛門が関守をしていたので「半左の渡し」とも称されている。
六大塚:伝六大御前(平維盛の子)の塚 
川越岩:渡川の目安とした岩(説明板)

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普光寺東側に史跡「鎌倉街道」上道の標柱が立っています。この先が県道です。

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県道の先の道跡            迂回して山王坂を下ります

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山王坂                河原の道を左折して赤浜の渡しへ

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川の風景③ 直進すると「山王の渡し」でしょうか、関越道の荒川橋が真近に。

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川の風景④ 「赤浜の渡し」はこの辺りでしょうか。次回に確認することにして男衾駅に向かいます。

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今市周辺地図/明治39年(今昔マップ/埼玉大学教育学部・谷謙二氏を参照
(赤:鎌倉街道 橙:川越・児玉往還 青:市場川・吉野川・荒川)

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男衾マップ
(赤:鎌倉街道 橙:川越・児玉往還 青:市野川・吉野川・荒川)

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鎌倉街道上道(嵐山~赤浜)ルート図
(赤:鎌倉街道 橙:川越・児玉往還 緑角:杉山城址・高見城跡)


by Twalking | 2018-01-28 15:09 | 鎌倉街道(新規)

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